×××

□蛇足
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【story of addition ---】


どこか別の場所に繋がっていそうな、古く長い石造りの階段。

こういうのを風情があると表現する事はそりゃあできはするだろうが、実際目的地への導線として現れると迷惑以外の何物でもない。殆ど惰性で腿を上げては石段を登る。俺の偽物の足は早くも音を上げ始めていた。通り道の両脇に犇く木々の、作る影で多少は和らいでいるものの夏の日差しも大概容赦のないことだ。
ほたり、と、顎を伝って落ちる汗から目を逸らすように見上げた石段は、まだ漸く半分を少し過ぎたところだったが、その先には確かに目的地たる寺門が見え始めている。

……以前、誰かが言っていた。
雑踏で賑わう都市のど真ん中、そんな立地に在りながら、あの寺に一歩踏み入れば街の喧騒など遠くはなれた虫の声がして何か懐かしい気持ちになると。
しかし田舎育ちの俺は知っている。あの敷地で鳴いているのは鈴虫だ。誰もが皆知る秋の虫…………それなのに、春先にも木枯らしの吹く季節外れの冬の日にも、そして熱射の強すぎる今日この夏の日にも、それらの鳴声は奇妙に攪拌され境内に響く。そしてその違和を、冷徹な住職を初め関係者全員が知っている事を知っている(、、、、、、、、、、、、)

だから。

だから俺はこの場所が頗る苦手なのである。
不意に、木陰とは別に、くっきりとした丸い影が白む地面にコントラストを生み出した。
少しだけ下がる気温と柔らぐ熱。
再度目線を上げれば、そこに居たのは。

「……随分、遅いお着きですね。もういらっしゃらないのかと思いました」

夏の日差しが似合わない、汗一つかいていない涼やかな美丈夫。
時代錯誤も甚だしい黒い番傘を日傘代わりに差し出して、どこか白々しい笑顔を浮かべた住職は黒眼鏡越しに何もかもを見透かしたような薄氷の眼を細めて言った。

「お待ちしていましたよ、『293番』さん」

いつの間にか自身の足は敷地を跨いでいたらしい。
りぃん、と今日も鈴虫が鳴いた。






がらん、とした寒々しい御堂の中。
開け放たれた板間から、庭の景色が映りこむ程に磨きこまれた板張りの床が広々とした空間をより目立たせている。
そんな中、場違いに据えられた座布団の上、対峙するのは二つの人影。

「……まぁ、こんなものですか」

内の一人が気もそぞろにそう呟いた。その手には華奢な造りの黒い数珠。人を呼びたてた割には拝礼の作法を御座なりに済ませた、歳若く見える住職──モールは、薄く息を吐く。

「とはいえ……念には念を入れておきましょうか。あの子と同じ物です」
「どうも……ありがとさん」

床を滑らせるように渡された、浅葱色の守り袋を受け取りやや複雑な気分で礼を言う。……こういうのって、代金とかどうするもんだったか。普通に現金を渡していいもんか?それとも賽銭箱に入れたら良いのか?いやでも初詣とかだと社務所に払う……違うここ寺だわ。
好き勝手に悩んでいれば見透かしたような声が落ちる。「御代は結構」そして気温を下げるかの如く冷ややかな囁き。「別の懐から落とさせますので」そうか。なら問題ねえな、ここでランピーに同情できる程には俺はホトケじゃない。

「さて、呼び立ててしまい失礼を致しました……貴方はこの場所に来たがりはしないと知っていましたが」
「ぅぉえッ、いや俺は、」
「しかし放って置くと妙な縁が残ってしまうものですから。貴方に」
「…………」

小首を傾げるように髪を揺らす、謝罪の言葉はまさに図星で慌てて気まずく弁解しかけると途端に怖いことを言う。さりげなく不穏なことを言うのはやめて欲しい。

「さて、293番さん」
「……悪い、その呼び方止めて貰えるか?微妙な気持ちになる……」

りぃん、と鈴虫の親玉のように大きく風鈴が鳴る。

「普通にラッセルで良い」

おずおずと顔を上げれば相対する端正な顔はそれはもう綺麗ににっこりと微笑を浮かべた。
うっかりすると見惚れそうになるのをどうにか堪えて今更過ぎる名乗りを挙げた。
──そう。
あの時スレにいた『293番』は、俺だ。
何人が気付いていたのかは知らない。お人よし、とかいうもんだからランピーは気付いていたのかも知れないが……あちらさんの考えている事は分からん。何も気付かず何も考えていない発言の可能性もある。イチと双子と、ついでにフリッピーにはそもそもそんな余裕は無さそうだったし……生徒会長には確実に身バレしたが。

そしてどうやら、こちらの美人さんにもお見通しだったらしい。

「何か、私に訊きたい事があるのでは?」
「そんなに分りやすかったか?」
「目が見えないものですから。自然と態度に聡くなるものなのですよ」

そんなものだろうか。
どこか誤魔化されているような感覚は頭の隅を掠めるが、勘の方は俺が問いただすべきでも無いと告げている。

「ま、ばれちまってるみてぇだし正直に言うがまぁ、……フリッピーの天然か誰かの策か知らんが何一つ顛末の分からねぇあんなスレみせられちまうとなぁ。お前さん……いや悪い、あんたなら全部知ってんじゃねえかと」
「ふふ、別にどう呼んで頂いても構いませんよ。──随分と、好奇心が旺盛ですね」

猫が死ぬのでは?と続く微笑にやはり先程の感覚は間違いではないなと冷や汗をかく。侮れないというか……スレ全部見返したのか。

「つっても俺は別に何でも知りたいとか隠し事されるのが嫌だとか、そんな事は思ってねぇ……つか知らない方が楽だろうなと思うしなぁ」
「おや、それならばここでお帰りになりますか?」
「ただ、あの時何が起こってたのか、知ってた方が双子とか──イチに、要らんことを言わんで済むと思って」

あのスレッド。
事の顛末を聞きだすために自分が用意したあの掲示板では、成る程確かに何が起きたのか説明をしてくれはした。全員の安否と今後の対処まで言いはしてくれている。だが──それではならば『ひとりかくれんぼ』それ自体は果たして終わらせられたのか。そもそも……本来の伝承には存在すらしない筈のあの女は何だったのか(、、、、、、、、、、)。何となく解決したムードに押されてネット上では何の言及もされず、そしてあの後モールと合流したというのなら当然全てを知っている筈のランピーも何も言わなかった。

……この二人が結託して秘するという事は恐らく、あの場では言いたくない理由なのだろう。もっと言うと、イチに聞かせたくない内容なんだろう。
知っていれば黙り逸らす事が出来る。
だが知らなければ誤魔化す事も出来ない。
いや俺にも話したくないというのならばそもそもそこまでの話なのだけれど。

「流石、頭が良く回る」

ぼそりと極々小さく落ちた呟きは平素に比べるとやや粗野な調子で。驚き見返すと、きょとんとした表情で見つめ返される。いや見えてないんだったか。もしかして聞き間違いか。どうもランピーとはまた違うつかみ所のなさがあるなこの御人は。「さて、事の顛末……そうですね、」困惑に言葉を詰まらせると、三度目の微笑と、そして唐突な答え合わせ。
カラン、と氷が解ける。

「あれは呪いです」


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