×××

□蛇足
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「…………へっ?」

形の良い唇が、まるで世間話でも投げ掛けるように忌憚なく紡いだ言葉。
あまりにも突拍子と前触れがなく、それが自分の問いへの返答だと気付くのに暫くの時間がかかった。外気との差異で結露を纏った、グラスが一筋汗をかく。

「確か、貴方も以前から噂話を御存知でしたね。気付かれませんでしたか?ぬいぐるみ……寄代に体の一部を入れて傷つける、その手順について」
「えっいや、まぁ大学での噂は知ってたが……気付く?」
「何かに酷似しているとは思いませんか」
「……ひとりかくれんぼの手順がか?」
「おや、貴方くらいの年代の方々はそういった話題にも明るいのかと思いましたが。藁人形(、、、)、と言い換えるべきでしたかね……丑の刻参りですよ」

思いも寄らない要素が浮上して、再び思考が飛びかける。丑の刻参り……確か丑三つ時にやるから丑の刻……藁人形に呪いたい相手に見立てて釘を打ち込むという……ちょっと待て、人形に見立てられているのが呪いたい相手だというのであればそれは。

「え……待て、そんなら、あの遊びは……え、自分を呪ってたってのか?」
「ええ、そうなりますね。結果的に、ですが……『ひとりかくれんぼ』などという手遊びを誰が何時始めたのかなどといった事は此処に至っては最早些事です。元が呪いだということさえ理解していただけるのであれば」

くす、と掠れるような吐息を漏らして青年は控え目に口角を上げた。それは普段あの養い子から聞くほど無邪気な様子にはとても見えず、どちらかというと寒気を伴う様に冷たく綺麗な代物だったが。

「対象の身体の一部を入れて寄代とし傷をつける。丑の刻参りの禁忌は御存知でしょう」
「……人に、見られること」

ひとりかくれんぼのルールは、まず前提として一人で行うこと……誰かに見られてはいけない。

「その通り、よく出来ましたね」

師範代のような褒め方をする。真顔で冗談を言われているような気分だ。
袈裟も纏わぬ僧侶はグラスをまるで湯呑のように扱い、音もなく冷えた茶をすすった。

「ランピーが行った昨夜の『ひとりかくれんぼ』、それ自体は()めました。遊びの手順に従い、その上で場を清め、使用した媒体も炊き上げて、要するに全てを無かった事にしたのですが」

炊き上げ前に対策は行いましたので、貴方に咎が行く事はありませんが念の為、暫くは手放さない事を勧めます。

そう言ってちらりと俺に渡した守袋に見えない視線を遣るのだが、あれ、そういえばあの馬鹿ぬいぐるみの名前……もしかして俺も呪われてたのか?凄まじく勘弁願いたいのだが。

「あの依り代は飽くまで作り手と“中身”に引き摺られていますから、然程気に病まずとも問題ありませんよ。……馬鹿の身代わりには型代を用意してありますし、馬鹿本人は今日一日別の場所に隠しているので」

何も言っていないにも関わらず、心を読んだかのように返答を寄越して美丈夫は一つ溜息をこぼした。やがて……吐き出したそれが最後の諦観だったかの様にするりと言葉を紡ぎ出す。

「“呪い”はあの遊戯とは少し別の形……呪いというものは手法を誤れば、即ち成就しなかった場合は誹りが全て本人に返る」

誹り。
聞き慣れない文言に面喰い怯めばふと何かが思考の隅に引っ掛かる。頭が勝手な集中を始めたのか耳鳴りの様な控えめな静寂。丑の刻参りは、確か藁人形に、釘を打ち込む。釘。次の瞬間何かが繋がるように脳味噌を揺らし、その衝撃は言葉として口から零れ出た。

「まさか、あの…女、」
「……貴方は本当に聡いのですね。一体いつから遊戯に呪いが混じり始めたのか、それは私の預かり知るところではありませんが。彼女は《最初》なのでしょう。最初の失敗者であり、そしてその誹りから逃れるために『別の失敗者』を求めている。あるいは彼女のその願望が、降霊術……呪術を『かくれんぼ』などと言う、より人の興味を駆り立てる形を生んだのかも知れませんね……かくれんぼ、見つかってはいけない。事、お遊びにおいてそのような禁則ごとまともに守る子供が果たして幾人居るのでしょうか。彼女は誰かが禁を破るのを待っているのですよ。そして身代わりにするために(、、、、、、、、、、、、、)
「それは、もう……呪いだろう、それがもう呪いだろ」
「ええ、あれは女の形をとった呪いです」

初めからそう言っているだろうと言わんばかりに何にも動じず。

「彼女は誰かに自身を呪わせそして仕損じることを待っている。……双子の片割れが視たそうですね、『あんな眼窩いっぱいに釘が刺さった目で』。あれは彼女が呪った数。還ってきた数」

つまりはそれだけの数の人間が巻き込まれたという話。大学の行方不明者や、ランピーもその一人なのだろう。そしてそれは、噂の流布具合や双子の兄の様子を鑑みるに、氷山の一角ですらない。

「しかしながら、それは前提として不可能な望みなのですよ」
「…………は?」
「彼女の最初の呪いの罪は彼女の罪でしかなく、彼女の罪の身代わりなど存在し得ない。例え失敗者が別に居たとして、それは別の罪とその罪に対する誹りが増えたというだけのこと。彼女がしがらみから逃れられる訳でも何でもない。ただ、この世に呪いが増えたというそれだけの話」
「…………」
「事の真相はと訊かれたのならばそれが全てだと……暇を持て余した男が無意味で無価値な一つの呪いに引っ掛かったというだけの話」
「無意味で、無価値」
「御推察の通り、『解決』など元よりしていません……アレはそういうものでは無い。天災のようなもの。逸らしただけで、呪いそのものを消す事は最早出来ません」

確かにこれは、思ったより救いがない。正直自分でさえ後味悪く感じているのだから、人によっては相当堪えるだろう……殊更、あの純真で頑固な子供はその上残ったままの呪いを放置する事に罪悪感すら抱えるだろう。なるほど、この御人についでにランピーはそれを避けたかった訳だ。スレで言わなかった理由がコレか。

「……なら、その、女──呪いは、このままずっと彷徨い続けるしかないのか?」
「そうですね」

恐らく、 イチが知れば言うだろう台詞を口にする。まだ存在すらも知らない、この先もきっと永久に知り合う事すらないだろう増えていく数多の被害者と、そして“呪いそのもの”をすら出来るならば救おうとするだろう子供が溢すだろう悲鳴に似た疑問を。
わざわざ言葉を変えたのは、自分だって大概の苦虫を噛み潰しているくせに、それをさもあの子供の感情のように擦り換えたちょっとした罪悪感なのかも知れない。対峙する僧侶は察して大人らしく、咎めることもせずにうっそりと笑って見せた。

「いつかそれが誰も彼もから忘れ去られて、擦り切れてしまうまで」

忘れた頃に揺り返す鈴虫の声。
がらん、と最後の氷が溶ける。

「貴方も努々お気をつけください」

再び囚われる事の無いように。


【end】
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