長編

□迷子
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まずは弁解をしておこうと思う。
オレは何も難しい事をしようとした訳ではないのだ。
ただ、ただオレはフレイキーの家に呼ばれて、遊びに行こうとしていただけなのに。
それだけの筈が──

「……」

ここは、一体どこだ。




不確かにおぼろげな記憶を辿り、教わった道順と何となく知っている気になっていた街中の道を脳内で照らし合わせて、ひとり歩いていれば何だか、見た事の無い道に出た。そして見た事の無い建物が建っている。見た事の無い……、これは、恐らくアレだ。
──迷った。

「…………」

知らない道を歩いて数十分。
そろそろ知ってる場所に出てもおかしくないと思うのだがどうしてか見覚えの無い景色ばかりが更新される。そして運の無い事に人が全くと言って良いほど、というか全く居ない。こうなれば誰かに道を訪ねるしかないのだとそう思うのだけれど。
……フレイキー心配してないと良いけど。

呟いてみた。

「ここどこ」

叫んでみた。

「ここどこ!」

喚いてみた。

「どこだここ!」
「町のはずれだよ!」
「──っ!」

咄嗟にげほっと咳き込んだのは慣れない事をしたせいばかりではない。
返事が、返事があった。でもあんまり聞きたくない声だった気がする。いや、とても聞きたくない声だった気がする。
背後から聴こえる、とても爽やかに明朗とした良く通る声。

「こんなところで何をしているんだい?」

仕方が無いので出来る限り時間をかけて振り向いた。そこにはやっぱり、

「そっちこそ何してるの、英雄」

快活に笑う誰かのヒーロー、スプレンディドがそこにいた。
最初に会って(死んで)から、何度目かの遭遇である。……どうしてだろうか、自分でも何故かは知らないけどこの笑顔を見ていると眉間に皴が寄る。

「君、最近なんだか覚醒くんに似てきたね……?」

しみじみと言うのだが、もし本当にそうだったとしてもそれはもうそのまま放っておいて欲しい。

「はは、僕がここにいるのはね、イチくん。君の悲鳴が聞こえたからだよ!」
「悲鳴、あげてない」
「どこだここは!というのは立派なHELPだと思うのだけれど」

聞いてたのか、というか、聞こえるのか……。

「その様子だと声の主は君で間違いなさそうだけれど、ふむ……迷子かい?」
「……そうだけど」
「どうしたんだい、そんなに声を小さくして」
「いや」
「しかしながらこれは困った!案内してあげたいところではあるのだけれど、僕には少々時間が無い」

ヒーローだからね!
……自己完結甚だしいが。何故訊いておいて流すのか。
英雄は顎に手をあて、いかにもああ困った、というポーズをとる。恐らくオレは、スプレンディドのこういうところが苦手なのだと思う。敢えて棘々しい言葉を使うのならば、要するに押付けがましく偽善的なところだ。……本当にフリッピーの影響を受けているのかもしれないが。

「ちなみにどこに行きたかったんだい?」
「フレイキーの家」
「……イチくん、それは反対方向だよ」
「え、うそ」

思わず言うと、英雄は瞳をきらきらさせながら胸を張る。「嘘ではないよ!」どうして自慢げなのだろう。
しかし……反対方向?
確かに自宅付近以外は不案内だと自覚していたが、ここまでひどかったのか。家と公園と、港でほとんどの知り合いに会えてしまうから遠出の必要が無いというのが要因だろう。図書館にはスニッフルズが連れて行ってくれたし、ランピーの病院へ行く時はモールさんがいた。フリッピーの家に行くときには地図があったから……。
と、そこまで考えて気づいた。
そうだ、地図だ。──オレはこの街の地図を見た事が無い。
そう思って、ふっと気がつくと、英雄はいつもの笑顔ながら……珍しく本気で戸惑うようにオレを見ていた。

「険しい顔して急に黙り込んでしまうところは覚醒くんにも似ているけれど……僕の昔の知り合いにもとても似ているね」

そんなことを、言われても。
オレはその人を知らないのだけれど。

「いいよ、オレは大丈夫だ。自分で何とかするから」

よく分からないが、とりあえず首を捻っている英雄にそう伝えて、オレは歩き出そうとした。
反対方向だというならば、とにかく来た方へ戻ればいい。
それに単純に、これ以上スプレンディドといると致死率は上がる一方だ。約束は出来れば破りたくない。

だから、早々に場を立ち去ろうと。
そう思ったのに。


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