長編

□実験
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「僕はイチさんを呼んだつもりだったんですけど」

今日も今日とて生存競争を勝ち抜いた昼下がり。スニッフルズの家は居住というよりも研究室という方が似合うと思う。

「あん?イチはいるじゃねーか、ほれ!」

オレの左側に立つリフティが言う。

「別に俺らが居たってかまわねぇだろーが」

と、右側のシフティがニヤついた。

昨日、オレは事故(原因ランピー)に巻き込まれて早々に死んだので、それを知ったスニッフルズは伝言代わりにわざわざオレの家までメモを置きに来たらしい。『時間が空いた時、家まで来てください』と書かれたメモがテーブルの上に置いてあった。
スニフにとって、オレの家に留守電どころか電話が引いてなかった事と、メモを発見したのが双子だったという事は予想外だったらしい。

というか、

「スニッフルズ、背中に何か憑いてるよ」

何かというか、まあ見たら分かるのだが。
白衣を着た小さい背中にしがみつき、突っ込むように頭を押し付けているのは、キャンディーの付いた黄緑色の髪の持ち主だ。

「気にしないでください。剥がれなくなったんです」
「いや何で」

背後霊が小声で何かを呟いている。「……すにふが……おかしくれない…ッ……」聞くまでもなかったかもしれない。

「オイ、で、なんなんだよ?コイツ呼びだしてまで」
「ハッ、よっぽどおもしれーことなんだろうなぁ?」

ナッティの存在を殆ど無視して双子が笑う。
いや、なんでそうなる。この二人はオレをなんだと思っているんだろうか。
そもそもオレ宛のメモを見つけたのは偶然として、着いてきたのも面白そうだからという、それだけの理由である。双子はオレよりよっぽど刺激的な生活をしていると思うのだけど。
スニフは殆ど同じ顔で口角を上げる双子を見て、ずれてきた眼鏡を光らせた……ような気がする。

「さぁ、面白いかどうかは分かりませんね」

そして、「あと、糖分の入ったものを売りつけるの、やめてください」と付け加えた。誰に、かは言わなかったがまあスニッフルズにではないだろう。スニフの用件が気になって仕方ないらしい双子は大人しくニヤニヤした。

──返事はしないのか。

スニフは溜め息を一つ吐くと、背中にナッティをくっつけたまま、巨大な天板をもつ机に手を伸ばした。ちなみに、天板の上には、ビーカー、フラスコ、顕微鏡あたりのオレでも名前が分かるようなものから、怪しげな小瓶、何が入っているのかどうしても見えない鉢植えなどなど、誰にだってよく分からないものまで盛り沢山だった。

「イチさんに質問なんですが」

やや重たそうな眼鏡が鼻筋に沿ってずり落ちていく。

「……記憶はまだ、戻ってないんですよね」

冷静さ、というよりも冷酷さを装って淡々とスニフが訊いてくるが、オレに気を使っているのは見え見えだった。そう言えば、図書館での記憶探しは今のところ不発に終わっているんだったな。

「戻ってないよ」
「思い出したいですか?」

今度は間髪入れずに訊ねてくる。
少し前のめりに、すぐにその興奮を恥じる様に咳払いを一つして。少年が掴み取ったのはよりにもよって怪しげな小瓶だった。

「つまり、その、──昔の事を思い出せる薬を作ったんです」

そしてスニッフルズはようやく眼鏡のズレを直した。


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