長編

□成就
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何か、暖かくてやわらかいものに包まれている、そんなところに居た、気がする。


水中を漂うような心地の良い浮遊感。ずっとそれに浸っていたかったのに、やがて断続的に遠ざかっていく。
途切れる間隔はだんだんと広くなっていき、突然何かに引っ張られたような衝撃。
とんでもない不快感と僅かな快感の波に殴られる。


そして 『オレ』 は、瞼を開けた。



「………………ぇ?」

途端に飛び込んでくる容赦のない光、それも不自然なやつじゃない太陽の光に怯みながらも、徐々に安定していく視界。

な、んで瞼なんてものがオレにある。

咄嗟に顔に触れれば、同時に手も、ついでに目に入った胴体も正常に存在していることに気付いてしまう。

「消えた、筈、なのに?」

「あっ、イチ!」

呆然と、事態を飲み込めず困惑するオレに、掛けられたのはあまりにも日常の音を孕んだ声。少し震えているような、それでいて安心感を与えてくれる友達の声。

「なん、っ……ふれいきー?」

がばりと身を起こす。
起き上がりながら自分が寝転んでいたことを知る。
目に入ったのは自分に駆け寄ってくる赤毛の子供と、

「ど、どうしたの?こんなところで……あ、ダメってわけじゃないんだけど、あの、ボク」
「フレイキー?なんで……?」

振り返れば、半ば予想していた通りにハッピーツリーの木の幹が。


「──っ、零は!?」


ぞくり、と皮膚が粟立った。
なんで、なにが。……どうして!
底知れない恐怖感を押さえ込みながら辺りを見渡すも、当然自分の分身はどこにも居ない。

当たり前だ。だって零はちゃんとあっちの世界に還った筈なのだから。でもその代わりにオレはいなくなった筈なのに……?

不自然なオレの挙動が、フレイキーの目にどう映ったのかは分からない。けれど赤毛の子供は少し青ざめ、怯えながらもオレの傍までやってくると膝をつく。

「ぁ、ボク、きょう……今日ね、クッキーを焼いたの!」
「く、くっきー?」
「そう!それで、イチにもあげたいなって、思って、家まで行ったら、ぃ、居なかったから」

探しに来たのだと言う。
そしてハッピーツリーの根元に転がるオレを見つけたのだ。ただ寝ているだけだと思ったオレは起き上がるなり叫んだ。
きっと本心では怖かっただろうに、この小さな友達はまたオレを救いに来てくれたのだ。

あの異様な場所とは違い、草が風で揺れ、音のある、動きのあるいつもの風景。
それを背に、へたり込んでいるオレにつられる様にフレイキーは本格的に腰を下ろした。

そして、誰何する。


「零って、だぁれ?」



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