運命の人

□序章
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昔、ある所にとても仲良しの夫婦がおりました。

ある時、その夫婦に娘が生まれました。

生まれた娘を見て夫婦は、最高の人に“名付け親”になってもらおう、と考えました。

御承知のように、“名付け親”とは後見人の事です。

自分達に何かあった時、この子が頼るべきは世界最高の人であって欲しい。

この子を庇護してくれる人は、他に類なき素晴らしい人であって欲しい。

と、まぁ、この夫婦は思った訳です。

親として当然といえば、当然の事なのでしょう。

都合のいい事に、この夫婦には“名付け親”としての条件がぴったりな人に心当たりがありました。

亭主の伯母に当たる“グレンダ”という女性です。

彼女は心優しい女性でした。

その口元にはいつも笑みをたたえ、穏やかで、怒った事など生まれてから一度もないような人でした。

己の持つ知恵と力を出し惜しみせず、困っている人には手を差し伸べるような人。

まるで天使か女神だ、と彼女は称えられていました。

早くに御亭主を亡くされ、子どももいない。

しかも、かなりの財産持ちです。

亭主はグレンダに手紙を書きました。

手紙を受け取ったグレンダは、早速夫婦の家を訪ねてきました。

灰色の髪をゆるく結い上げ、マントの下には昔風の首元まで詰まったドレスを着ていました。

年を重ねても身だしなみには気を配っているらしく、爪もきれいに磨き、切りそろえられています。

とても素敵なおばあさんです。


「お久しぶりです、グレンダ伯母さん。早速来て下さってありがとうございます」


亭主は丁寧に頭を下げました。


「いいんだよ。可愛い甥御に娘が出来るなんて、嬉しいじゃないか。しかも“名付け親”になって欲しいだなんてねぇ」


そう言うと、グレンダは微笑みました。

亭主は首を傾げました。

何だか、前に会った時と話し方が違うような気がします。

でも気の所為だろうと思い直し、亭主はグレンダに頼みました。


「お願いできますでしょうか?グレンダ伯母さん」

「当たり前じゃないか。その為に来たんだから」


生まれたばかりの女の子を見てグレンダは、ほぅ、と目を細めました。


「なんて美しいお子だろうねぇ。夜の闇でも明るく照らし出すかと思う程輝く金色の髪。深く澄んだ湖を思わせるような碧い瞳。肌は雪よりも白く、紅い唇はバラの様じゃないか。あんた達がグレンダに名付け親になって貰いたいって思った気持ちがよぉく分かるよ、あたしにはね」

「グレンダ伯母さん?仰ってる事が分かりませんが?」


娘を褒めてくれた事は嬉しいが、自分の事なのに、どうして他人のような口を聞くのだろう?

亭主はまた首を傾げました。


「そうかい?気におしでないよ。それよりもこの子に名前を付けてやらねば。誰より素敵で、誰より幸せになれる様な名を、祝福と共に、ねぇ………」


グレンダは、ニヤッと笑うと、娘に杖を向けました。

そうして。


「決めたよ。この子の名は、クリスティーナ。この先この子が困らぬよう………」

「そこまでよ、グレナダ!」


突然部屋に女性が現れました。

彼女は杖をグレンダに向けています。


「ぉや、お早いお着きで」


グレンダは顔を顰めて、赤子に向けていた杖を下ろしました。

夫婦はぽかんと口を開け、向き合った二人を見比べました。

ムリもありません。

まるで鏡を見ているように、二人の姿はそっくりだったのです。

髪の結い上げ具合や磨いた爪の形。

灰色の髪に薄い緑色の瞳。

着ているドレスまで同じ。

ただ。

二人の表情だけが違っていました。

一方は静かに怒っていて、一方は悪戯そうな笑みを浮かべて。


「グレナダ、あなた、もう祝福し終わったの?」


後から現れた女性がグレンダにそう聞きました。

怒っている方の女性です。

グレナダ、と呼ばれたグレンダは肩を竦めました。

杖を向けられているのに、全く気にならないようです。


「当たり前だよ。その為にここに来たのだもの。そういう意味では遅かったね、グレンダ」


グレンダに”グレンダ”と呼ばれた女性は、ため息を吐きました。


「どうしてそんな事をするの?」

「したかったからに決ってるじゃないか」


グレナダ、と呼ばれたグレンダは、ぺろりと舌を出しました。

そして。

手に持っていた杖を素早く振ると、消えてしまいました。

夫婦は頭の中が、こんがらがってしまいました。




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