運命の人

□第九話
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また野宿生活が始まった。

今まで通りしていたが、クリスは宿に泊った時、一人では眠れなかった事を気にしていた。

ディヴィットに笑われた時は否定したが、確かにあれは赤子のようだった。

母に抱かれて眠りたいと泣く赤子だ、と思う。

私、一体どうしてしまったのかしら?

クリスは情けないような気持ちになっていた。

その気持ちに更に輪をかけたのが、この先、ディヴィットがいなかったら眠れないのではないか?という考え。

また一人で眠っている時あんなに苦しくなるのかと思っただけで、情けなくて涙が出そうになる。

でもいつかは………この旅が終われば、クリスはディヴィットと別れなければならない。

彼は“運命の人”だけれど、私が恋に落ちる人ではないのだから。

だってディヴィットは“友達”だし、婚約者だっているんだもの。

更に言えば、彼は持たぬ者だ。

例え恋に落ちたとしても………それは万が一にもない事だけれど………そうだったとしても、実る可能性はない。

グレナダ伯母様のように振られておしまいだわ。

バカらしい。

でも出来れば、旅が終わっても時々は会いたいなぁ。

ディヴィットは良い人だし、楽しい話しをしてくれるし、何より一緒にいたいって思うんだもの。

クリスはその気持ちも、母を求める赤子と同じだとも思う。

私、どうしてしまったのかしら?

クリスはディヴィットに気付かれないように、そっと息を吐いた。




同じようにディヴィットもこっそり息を吐く事があった。

“クリスの為”に抱きしめて寝るのは間違っているのではないか、とずっと考えていたのだ。

旅が終わればクリスは否が応でもディヴィットの手を離れる。

だったら今の間に“独り寝”に慣れさせてやるのが親切というのではないだろうか?

ただ、野宿の時はやっぱり抱きしめて眠るのが一番効率が良い。

では宿に泊って、と思うが、そうそう宿もない。

ぃや、あるにはあったが、昼間から宿に入るのはなんとなく気が引けた。

それでなくてもクリスに合わせて歩いているので、一人の時よりも進みは遅いのだ。

進めるだけ進んでおきたい、と思うのは、この前のリタの様子が変だったから。

あのリタは自分が作り上げたリタだ。

それは間違いない。

だったらアレは、俺の心の中にあるものがリタの姿をして、リタの口を借りて出てきたのだろう。

俺はリタに対して後ろめたいような気持ちを持っている。

早く戻らなくてはと思いつつ、それをしない自分を肯定しようとしている。

そういう事なんだ。

それに、とディヴィットはクリスを盗み見る。

クリスが女だって事も原因だ。

女じゃない、友達だ、とリタに言い訳がましい事を言っていたが、アレはそう思わなければならないって自分に言い聞かせてるのと同じだ。

そう言い聞かせねばならないくらい、俺はクリスに女を感じていて、いつか抱いてしまいかねないと思っている。

でもそれじゃぁ犬猫と一緒だろ、ディヴィット?

自制しろよ、と。

そこまで考えて、ふぅと息を吐く。

分かっているんだ。

でも時々思ってしまうのはしょうがない、と自分を慰める。

俺は戦場帰りだ。

5年もの間、ほとんど女を見ていない。

見ても、心がピクリとも動かないような女は女じゃない。

それがどうだ?

クリスは今まで見た中でも最上級の女だ。

その辺の男なら、ころっと逝っちまうだろう。

そんな女と四六時中一緒にいて、抱きしめて眠るんだ。

気の迷いってのがあってもおかしくはない。

むしろ、今まで手を出さずに良くやってるな、と自分を褒めてやりたいくらいだ。

それでも。

俺はクリスを抱かない。

愛情もなく女を抱くなんて、俺には出来ない。

俺にはリタがいる。

この後ろめたい気持ちも、リタに会えば消し飛ぶはずだ。

だから当面の問題は、やっぱりクリスの“独り寝”。

どうしたもんだかなぁ。




こうして、二人それぞれが思い悩んでいる時、事件は起きた。



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