誕生日記念。8月11日。
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蝉の鳴く声を聞きながら赤いペンを走らせる。
何枚も重ねられた沢山のテスト用紙。パタパタと急いで回る扇風機の風すら温くて、額に滴る汗を手の甲で拭き取った。
夏らしい、夏。毎年これほどかと気温が上がるこの季節はとても青春らしさを感じて尊く思う。同時に、自分のとある記念日も重なり普段にも増して余計に暑さを身にしみらせていた。
もうすぐ、彼女は俺の元へ来る。
「陽日せんせいっ!待った?」
「あ、あづい……」
「そうやって今からへこたれてたら、折角の夏休みも台無しだよ?ほーら笑って」
グイグイとあどけなく笑う俺の愛しい人は、ほんとうならもう俺の生徒ではないのだけど。
大学がお盆休みだからってわざわざ実家じゃなくて学園に寄って誕生日を祝ってくれる。
学校があるから俺からは行けないけど、そんな時はこうやって大きな休暇に会う。
はじめて2年、俺と彼女のふたりで過ごす夏休みはもう5回目。
「思えば若かったんだよ、私も。先生に好きになってほしくて部活頑張って、行事も頑張ってさ」
「お前が若かった、なんて言い方したら俺なんかもう終わってるじゃないか!人として!」
「直獅先生は童顔でなおかつそんな裏表のない性格してんだから、終わってるなんて事無いです。」
「そ、そうか?…って童顔は余計だ!」
照りつける太陽の日差しを眩しそうに手で隠す彼女を今すぐにでも抱きしめたい。
暑くて良いから、溶けるまで抱きしめてやりたい。
学生の頃と変わらない横顔に口づけを落としてやりたい。たまにしか無いからこそゆっくり過ごしたいのに、目の前に詰まれた書類は消えてくれないもんだ。
「覚えてる?私が学園祭で泣いたこと」
「あー、あったな。あの時はまさか自分が原因とも思いもしなかった」
「先生は無自覚なの!警戒しとかないと今の生徒の子にも好きになられちゃう」
「ないない。婚約者が居るってみーんな知ってるからな」
「…公言してるんだ。恥ずかし。」
何年か前の記憶を引っ張り出して、懐かしんで。まるで老夫婦のような感じにすこし笑ってしまいそうだ。反面、それが幸せなのかな、なんてことも考える。
「プレゼントさ、先生の部屋に置いてきたの。だから切り上げたら今日はふたりで料理しようよ」
「おっ、良いなー!そんじゃ買い出しもしないとだし早めに終わらせて…」
帰ろうか。そう言おうとした瞬間、座っていた愛用の椅子に自分以外の重みが合わさる音。
扇風機からの熱風は睫毛を揺らし、太陽の光が雲の影で隠れたとき。
「おめでとうだけは先に伝えてもいい?直獅先生。」
「…あぁ、大歓迎だ。」
我慢しきれないように重なったくちびるは冷たくて、ペンを置いた俺は屈んた彼女の髪の毛を梳くように指を絡ませた。
「誕生日おめでとう、直獅先生。」
**0811 HAPPY BIRTHDAY Leo!**
**この記念ショート小説は後日ログとして名前変換を加筆させてページに置きます。
拍手、ありがとうございました。