作品

□伝説は続きを求める
2ページ/3ページ

「その武神の剣が刺さっていたのが、この樹なんですよ。」


お婆さんはそう言って、微笑みながらその樹に刻まれた傷を撫でた。旅の最中立ち寄った村で出会ったこのお婆さんは、頼んでもいないのに村の伝説を楽しそうに話して聞かせてくれた。最初こそ嫌々聞いていた私だが、いつしか聞き入ってしまい、感慨深くその樹に触れた。

冷たい。が、それでいて温かい。

なんとも不思議な感覚が手に伝わってくる。


「その武神の子孫の、子供たちは、もうこの村にはいないんですか?」


私はお婆さんに質問した。お婆さんは優しく、そして何故か寂しそうな瞳をした。


「武神の子孫には婚約者がいましたが、彼は蛇を倒した後、婚約者のもとに帰ることはありませんでした。」

「死んでしまったのですか?」

「いいえ。彼の遺体は見つかっていません。残っていたのは、ボロボロになった武神の剣と、『君の幸せを祈る』と書かれた紙切れだけでした。それ以降、彼の行方は誰も知りません。」

「何故、彼は姿を消したのですか?」

「それは、本人にしか分かりません。でもきっと、今も彼は生きていると私は思うのです。大蛇を倒したのは彼が20歳の時でしたから、その可能性は十分考えられるでしょう。そしていつか、この村に帰ってきてくれると私は信じています。」


そう言ったお婆さんは、愛しいものを見るような瞳をしていた。その瞳は樹を見つめており、私の方は見ていない。そして私は、瞳から落ちる光の粒を見つけ、思わず目線を逸らした。まるで、見てはいけないものを見てしまった気分だった。それぐらい綺麗な光をしていた。


「いつか帰ってきてくれるわ。そうでしょう?――」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ