ショートストーリー
□反応
1ページ/1ページ
「田村くん、試薬はできたかい?」
そう聞いた博士に助手は真剣な目つきで答えた
「はい、博士。完璧です。」
「それではホルマリンをいれよう。」
博士は満足そうに笑って試験管にホルマリンを入れた
白衣を着た博士と助手がにやりと笑った。
妙に甘ったるい香りを部屋中に漂わせながら薬を作っている様子だ。
スポイトで吸った液体を試験管に足しガスバーナーで暖めた湯が入っているビーカーの中にこれを入れた。
「今の温度はどれくらいだ?」
博士が聞くと助手はビーカーの中に入れていた温度計を確認した。
「51度。大丈夫です。」
「よし。」
その答えを聞くと満足そうにうなづいた。
試験管に入れた液体はしだいに黒ずんでいく。
「順調ですね。」
と助手がほっとしたように言うと
博士も頬を緩めながらも自分に言い聞かせるように言った
「まだまだ気は抜けないぞ」
2人は真剣なまなざしで試験管を凝視している。
「よし、そろそろ出すぞ」
博士は慎重な表情でつぶやいた
湯から試験管を取り出し2人は中を覗いた。透明だった液体が黒く変化している。黒い液体の中にはところどころに銀色に光るものを2人は確認した。それはまるで鏡のように光っていた
ごくりと博士は喉を鳴らした。
「田村君、成功だよ!」
「はいっ。長年の努力がついに実を結びましたね。博士!」
2人は手と手を取り合って喜んだ。周りには薬品があるためににはしゃぐことはできないようではあるのだが。
と、その時2人の頭部に衝撃が走る。ひとりの男子により頭を教科書でぶたれたのだった。
「てめーら、化学の実験ごときでなに世紀の発見みたいな演技してんだよ。」
そう、ここは高校の理科室、かつ授業中だったのだ。今、彼女たちが行っていたのはアルデヒドの眼鏡反応の実験だ。アルデヒドを含む試薬にアンモニア性硝酸銀を入れて50℃前後の湯で温めると試験管の内部に銀が検出されて鏡のように見えるといういたって健全な化学の実験だ。
「ていうか、てめーもだ。なんで止めねーんだよ。」
おっと班長に怒りの矛先が私にまできてしまったようだ。
「だって面白いんだもん。田村と川中の小芝居。」
「止めろよ。誰か止めてくれよ。」
と叫ぶ班長。小芝居とはちょっとなりきって演じてみることである。
この班長と班員の様子をクラスメイトは面白そうに見守るだけであった。
「よしっ田村君。次はフェーリング液の実験だ。」
なりきり博士は張り切って言った。
「はいっ。博士!」
博士と助手は小芝居を止めなかった。
この2人はまだやるつもりらしい
あわれな班長の叫び声が理科室に響いたのはごく数秒後のことだった。