Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#1 それぞれとの邂逅
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 出逢い……。それは幾重の偶然と、数多の選択……その結果が織り成す奇跡の産物。幾重の偶然は必然に変わり、数多の選択は応報に繋がる。そしてそこから生まれる奇跡を、人は運命と呼ぶのだろう。何故ならそこには、意思も、希望も、努力さえも、介在するとはかぎらないのだから。そして最も残酷なのは、その傍らには、常に別れが携えられているということだ。



 私立桜が丘女子高等学校。某県に所在するこの学校は、今年度から改称された。私立桜が丘高等学校。それが新しい校名だ。つまりは、昨年度までは女子高だったこの学校も、今年度からは男子生徒を受け入れ、共学化されたのだ。そして俺は、そこの第一期生となる。もっとも全校生徒としては、八十七期生だが……。
 俺がこの学校を受験した理由は、ある意味、邪かもしれない。
 中学時代、部活のバスケに熱中するあまり、勉学が疎かになっていたこと。そのバスケでも、結果を残すことができず、推薦を取れなかったこと。今年度から共学となるこの桜高が、家から近いということ。しかも共学化の理由が少子化対策ということで、受け入れる男子生徒の定員もかなりの人数を期待できると思ったこと。
 以上の理由から、俺は桜高を受験した。
 しかしその後、俺にとっての誤算が現れる。それは合格発表の日。
 今年度新入生……二百名。内、女子生徒……百九十七名。つまり、男子生徒は僅か三名しかいないことになる。しかも今年度から共学ということは、上級生に男子生徒はいないわけで、よって全校生徒約六百名の中で、男子生徒が三名しかいないということになるのだ。
 そして今日、入学式も終わり、二週間程過ぎた頃、俺は五人の女子生徒たちに囲まれていた。


「何で今頃?」
 長い黒髪と切れ長の目が特徴的な女子生徒が、そう訊ねる。リボンの色が青いところを見ると、三年生らしい。
「昨日まで入院してまして、今日が初登校なんです」
「ピアノ、上手ねー」
 ウェーブのかかった髪、表情、仕草、どれをとっても上品そうな女子生徒が続く。どうやら彼女も三年生らしい。
「子供の頃に少しだけ……」
「習ってたのか!?」
 今度は見るからに元気そうな、ボーイッシュな女子生徒が訊いてきた。やっぱり三年生だ。
「いえ……。習っていたのは姉さんで、俺はそれを見様見真似で……」
「名前は何て言うの?」
 ところどころ跳ねた髪が特徴的な女子生徒。彼女も三年生だ。
「乾孝臣です」
「クラブにはもう入ってるのかな?」
 最後に訊いてきたのは、五人の中でも一番背の低い、ツインテールの女子生徒。リボンの色が赤いことから、彼女だけ二年生らしい。
「いえ……。何せ今日が初登校ですから……」
 俺のその言葉に、五人の目が輝いた……ように見えた。
「入りたいクラブとかあるの?」
 そう訊いてきたのは、長い黒髪の……秋山澪先輩だ。何だか必死に見える。
「中学の時はバスケをやっていたので、バスケ部に入りたかったんですけどね……」
「けど男子バスケ部なんてあったかしら?」
 そう疑問を口にしたのは、物腰も上品そうな……琴吹紬先輩だ。太い眉は、まるで某T漬物の沢庵のようだ。
「男子バスケ部も何も、男子自体、俺を入れて三人ですから……」
「そりゃー、部活どころかチームも組めないな……」
 気遣うように、そう言ったのは……田井中律先輩。カチューシャを使ってオデコ丸出しなのは、ポリシーなのだろうか?
「まあ……、仕方ないですよね……」
「ねえ! ねえ! 名前が“孝臣”だから、ニックネームは“オミくん”でいいよね?」
「は……!?」
 髪が跳ねている……平沢唯先輩。全く脈絡も突拍子もない話題を突然振ってくる。もしかして、かなりの天然さんなのかもしれない。
「もう! 大事な話をしてるんですから、唯先輩は口を挟まないでください」
 先輩に対して容赦ないツッコミを入れるのは、ツインテールの中野梓先輩。
「えぇー!? あずにゃん、酷いよぉー」
 そう言って平沢先輩は、隣にいる中野先輩に抱きつこうとする。どうやらこのやりとりが、この二人の間では“お約束”のようだ。
(っていうか、“あずにゃん”って……。まあ、“オミくん”も、かなり酷いけど……)
「ねえねえ! オミくんも“オミくん”がいいよね?」
 平沢先輩のその自信は、何を根拠にしているのだろうか?
「いや……、孝臣なら普通は“タカくん”とか“タッくん”になるんじゃあ……?」
 だからそう否定してみる。
「“タッくん”って……」
 中野先輩は、かなり引いてしまったようだ。
「でも“あずにゃん”よりは、まだマシかと……」
 だから、細やかな反抗を試みた。
「ムッ!」
 思いっきり睥睨されてしまった……。
「すみません……」
 結局、素直に謝る俺。
「それでね、もし他に入りたいクラブがないなら、軽音部に入部してほしいの」
「軽音部……ですか?」
 琴吹先輩にそう言われ、改めて室内を見渡した。
“準備室”という名札が掛けられたこの部屋は、一応は音楽準備室ということだったが、準備室と呼ぶにはかなりの広さがある。そもそも準備室なのに、倉庫まで備わっていることからも、その広さは窺い知れる。しかも机を四つくっつけて作られた簡易のテーブルの上には、高校では先ずお目にかかれないであろう、素人目にも高価なティーセットと、かなり美味しそうなスイーツの数々が所狭しと並んでいた。そして室内を満たす紅茶の香りは、微かに鼻腔をくすぐり、心を落ち着かせる。
 この光景を見て、誰がここを軽音部の部室だと思うだろうか……?
「っていうか……、軽音部だったんですね……」
 確かにそう言われてみれば、ドラムセットやらキーボードが置かれている。そして壁に立て掛けられたケースの中には、きっとギターやベースが入っているのだろう。にもかかわらず、今の今までここを軽音部の部室だと気づかなかったのは、それらの楽器よりティーセットのほうが存在感を醸し出していたから……に他ならない。
「そうなんだよ! だから、ピアノが弾けるなら是非、入部してほしいんだ!」
 こちらの真意も気にせず、秋山先輩の語気が強まる。
(っていうか、本当に必死なんだな……)
「実は今年は新入部員が一人も入ってこなくて……」
 軽音部の実情を告げる琴吹先輩の表情が、苦笑い気味になる。
(だからそんなに必死だったのか……)
「キーボードが二人になれば、アレンジも演奏も幅が広がるしな!」
 どうやらピアノが弾けるというだけで、田井中先輩の期待値がかなり上がっているようだ。
(そんなにハードルを上げないでくれ……)
「なんと! 今ならお菓子食べ放題! お茶もお代わり自由だよ!!」
 平沢先輩が自信満々にドヤ顔を浮かべる。
(お菓子……? お茶……?)
「もう唯先輩は喋らなくていいです」
 相変わらず中野先輩は、平沢先輩には厳しい……。
(ホント、容赦ないな……)
「あずにゃんの意地悪ー」
 そう言って、また平沢先輩が中野先輩に抱きついた。
「まあ、あっちは放っといて……」
「放っとくんですか……?」
(やっぱり“お約束”ってことか……)
「どうかな? 軽音部!」
 田井中先輩の声に、秋山先輩も、琴吹先輩も、平沢先輩も、そして中野先輩も、こっちを見つめてきた。その様相はまさに凝視……。
「はぁ……」
 しかし俺は気の利いたセリフどころか、気の抜けた嘆息しか口にできなかった。
 しばしの沈黙が部室の中を……、いや、六人の間を支配している。その静寂を打ち破ったのは、琴吹先輩だった。
「そうだ! とりあえず、お茶はいかがかしら?」
「やったー! お茶だー!」
「もう! 唯先輩にじゃなくて、乾くんにですよ!」
「てへへ……、わかってるよぉー。わかってはいるんだけど……」
 そのまま平沢先輩の視線が、豪勢に彩られたテーブルへと向けられた。
「クッキーとマドレーヌもあるのよ」
 琴吹先輩は、そう畳みかける……のだが。
「いえ、遠慮しておきます。ご馳走になったら、断りにくくなりそうなんで……」
 その一言で、再び沈黙の空気が流れた。
 だがその静寂を、今度は平沢先輩が打ち破った。
「じゃあさ、オミくんに私たちの演奏を聞いていってもらおうよー」
 平沢先輩はそう言うと、右手を思いきり上に挙げた。
「そうだな! 私たちの演奏を聞いてもらおう!」
 秋山先輩が賛同する。
「そうね、唯ちゃん、グッド・アイデアよ」
 琴吹先輩も賛同する。
「おぉーし! じゃあ、みんなで演奏するぞぉー!!」
 田井中先輩も賛同する。
「唯先輩も、たまには良いことを言いますね」
 そしてどうやら、中野先輩も賛同したようだった。
「えへへー。あずにゃん、もっと褒めてー」
「褒められてないぞぉー」
 田井中先輩のツッコミに、再度、五人は賑やかになった。
(けど……、苦手だな……、こういうの……)
 女の子が華やいでいると、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。
「あの……」
 だから俺は、つい強引に……、
「すみません……。今日は失礼します!」
 そう言って頭を下げると、逃げるように部室を飛び出した。



 きっかけは他愛もないことだった。
 入学式の前夜、突然腹痛が俺を襲った。
 合格発表の日に知った驚愕の事実。新入生、女子百九十七名に対し、男子三名。
 元々、中学の時も、女子と接することは苦手だった。奥手……と言えば聞こえはいいが(そうでもないか?)実際は緊張してしまうという、言わば只の引っ込み思案なだけだ。男子に対してはそうでもないが、女子に対してはその人見知りが出てしまうということは、もしかしたら逆に自意識過剰なのかもしれない。まあ、そんな性格なものだから、中学時代の悪友たちからは、やれ『選り取り見取りだな』とか、やれ『ハーレムだな』とか、とにかく冷やかされたが、当の本人は憂鬱以外の何物でもなかった。
 そのせいの腹痛……なのだと思っていた。緊張と不安から来るストレスが原因の、心因性の腹痛だと……。だから『どうすることもできない』と諦め、我慢することにした。
 痛みと格闘すること、数時間。何とか寝入ることができたのは、既に明け方近くだった。しかし再び激しい腹痛が俺を襲って来た。しかも今度のは今までとは違うくらい強烈な痛み。
『もしかしたら、俺はこのまま……』
 頭の中を巡る楽しかった想い出の数々。後になって思い返せば、あれが“走馬灯”なのかもと思ったが、この時はとにかく悶えることしかできず、朝方異変を察した母さんが呼んだ救急車で、俺は病院に搬送された。
 病名は“急性虫垂炎”……俗に言う“盲腸”だ。
 ただ俺の場合、この時には既に腹膜炎を併発しており、そのまま入院を余儀なくされた。要は、ストレスは一切関係なかったわけだ。
 そんなわけで、新入生方々が入学式に出て、新しいクラスで、和気藹々、悲喜交々な高校生活をスタートさせている間、俺は病院のベッドから窓越しに、散りゆく桜の花びらが舞う景色を眺めていたのだった……。
 勿論、見舞いに来た中学時代の悪友たちからは、一頻りバカにされたのは言うまでもない。
 二週間程が過ぎた頃、無事に退院し、遅ればせながら高校生活をスタートさせたのが、つまりは今日だったというわけだ。
 ところが俺の他にいるはずの二人の男子は、それぞれ一組と三組。俺は一年五組だから、見事なまでにバラバラにされたことになる。
 しかもクラスメイトとなった三十九名の生徒たちは、当然の如く全て女子。
 二週間という時間は、女子が仲の良いグループを作り、親睦を深めるには十分な日数だった。そんな中へ今更、初対面で飛び込んでいくなど、俺には無謀で無茶で無鉄砲なことこの上なく、よって今日一日、一人で過ごす羽目となってしまったのだった。
 放課後、他の生徒たちは皆、クラブ活動に勤しむ中、特にやりたいクラブのない俺は早々に帰宅するはずだったのだが、何故か足を向けた先は人気のない校舎。“第三音楽室”という名札が掛けられた部屋には、ひっそりと、まるで人目を避けるかのように、一台のグランドピアノが鎮座していた。
 何でだろう? ただ吸い寄せられるように、引きつけられた。
 蓋を開け、鍵盤に触れてみる。ちゃんと音は鳴った。
 椅子に座り、適当に弾いてみた。調律も問題はないみたいだった。
『おまえもか……』
 そう呟いた理由は、自分でもわからない。
 気づいたら俺は、そのピアノを弾いていた。

“気球に乗ってどこまでも”

 想い出の曲だ。
 ピアノの音だけが響く世界へと導かれる。
 鍵盤を見ているはずなのに、視界が白に染められていく。まるでそれは、俺とピアノ……それ以外を全て排除したかのような世界だった。
 夢中で、だけど無心で弾いた。
『もう二度と、ピアノは弾かない』
 四年前に誓ったその言葉なんて、跡形もなく忘れ去るくらいに……。
 我に返ったのは、そんな世界を打ち破る規則正しい音だった。その音が拍手だと気づいたのは、一瞬間が空いてからのこと。
 音楽室の入り口に立っていたのは、いかにも“お嬢様”然とした女子生徒。
 胸の前で、リズミカルに両手を叩く。拍手をする姿すら、どこか上品な趣があった。
 その後、半ば強引に腕を引かれ、音楽準備室へと連れて来られた。中学時代、三年間バスケに熱中し、引退した後ですら一日もトレーニングを欠かさなかった俺が、その腕を振り切ることも、立ち止まり抵抗することも敵わないほどの腕力で……。
 そして先程の勧誘へと繋がることになるのだ。
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