Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#4 それでもずっと
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 時計は残り時間が十秒を切ったことを伝えている。
 俺の前には三人。
「孝臣!」
 思いきりジャンプをし、その声の主を目で捉えるや、同じようにジャンプをして、俺の行く手を遮ろうとする目の前の三人の、更に頭上からボールを投げた。
 身長百七十二センチ……バスケット・プレイヤーとしては決して高いとは言えないが、たとえどんなに背の高いプレイヤーが相手であろうと、空中を支配するのは俺のほうだ。それが、ポイント・ガードとしての、俺のポリシー。
「トモ!」
 俺の手から放たれたボールは、そいつらの頭上の更に上に伸ばされた両の手の、更に上を、弧を描くように通り過ぎ、チームのパワー・フォワードであるトモの手中へと、それはまるで吸い寄せられるように収まった。
「トモ! 行け!!」
 時計が示す残り時間が、一からゼロへと変わろうとしたまさにその時、トモはその手中のボールを、バスケットに向けてショットした。
 と、同時にブザーが鳴る。
 ブザービーター。
 そのボールは、バック・ボードに当たり、更にリングでバウンドをすると、そのままネットの中を通ることなく、リングの外へと落ちていった。
 そしてその瞬間……俺たちの夏は終わった。
 全国中学バスケットボール大会ブロック予選、三年連続一回戦敗退。それが俺の中学校生活の全てだった……。



 瞼を開けると、そこには暗闇が広がっていた。
 徐々にその暗闇に目が慣れてくると、天井の木目を視認することができた。
(夢か……)
 また、あの時の夢だった。
 中学三年の夏、俺の最後となったバスケ公式戦。俺がキャプテンとして率いた瀬野中学は、強豪と称された清峰中学に、僅か一点差で敗れた。全国大会への進出を悲願とし、厳しい練習を強いてきたその結果が一回戦敗退。せめてもの救いは、俺たちを下したその清峰中学が、その後、全国大会で優勝したことだろうが、そんなことで慰められるほど、俺たちのバスケは陳腐なものではなかった。
(久しぶりだな……)
 その大会の後から、よくその時の夢を見るようになったが、しかしここ最近はその回数も減っていた。
(最後に見たのは、いつだったろう……)
 それはきっと、軽音部に入部する直前だったように思う。軽音部に入部して以来、そんな夢なんて忘れていた。
(もう見ることもないって思ってたんだけどな……)
 そんなことを考え、だけど次には、その考えを蹴散らすように再び布団を被り、そして瞼を閉じた……。



 悪夢のような追試から一週間が過ぎた金曜日。今日も今日とて、放課後の部室では“部活”という名のお茶会が繰り広げられていた。
「あのー、皆さん。そろそろ練習しませんか?」
 一応、お約束のように訊ねてみる。
「何言ってるんだ、オミ! 私たちは来週から修学旅行なんだぞ!」
 律先輩は、一本だけ立てた人差し指を、俺のほうにビシッと向け、そう言い放った。
「それが……、何か……?」
 今日からちょうど一週間後、来週の金曜日から二泊三日で三年生は修学旅行へと出掛けていく。それは勿論、桜高の生徒であるなら、直接は関係ない一・二年生でも知っていることだ。故に俺の質問は修学旅行についてではなく、当然、今日練習しない理由と修学旅行との関係性についてだ。
「だからね、オミくん!」
 そしてその問いに答えてくれたのは、唯先輩だった。
「私たちは来週、修学旅行で京都へ行くんだよ。でね、三日しか時間がないでしょ。だからどう行動すれば、その三日で京都を満喫して、有意義に過ごせるか……について検討しているんだよ!」
 そう言うと、唯先輩も律先輩に倣って人差し指をビシッと俺に向けた。
 二人して『うりゃうりゃ』とでも言ってるかのようにその人差し指を目の前に突き立て……かなりウザい。
 なので、とりあえずそのウザい二本の人差し指を払い除けてみる。
「そういえば、先輩たちは皆、同じ班でしたっけ?」
 その時、思い出したように梓先輩が訊ね、そしてそれに答えたのは、今度はムギ先輩だった。
「うん! だから余計に楽しみよねー」
「和が気を遣ってくれたんだ」
 そしてムギ先輩の後に、澪先輩も続く。
(和……? 誰だっけ? 前に聞いたことがあるような気がするんだけど……?)
 まあ、しかし結局のところ、俺が一人で反論したところで、修学旅行を前に浮かれモードの先輩たちには、何を言っても無駄だと悟り、それ以上は口を挟むことは止め、黙ってミルクティーを味わうことにした。
「よっし! じゃあ、明日の土曜日は修学旅行の買い出しに行くぞぉー!」
 律先輩が拳を振り上げて、そう宣言する。
 こんな時、真っ先に発案するのは決まって律先輩だ。
「おおっ! りっちゃん、いいねえー!」
 そしてその律先輩の提案に、真っ先に乗っかる唯先輩もまた、いつものこと。
 一瞬で華やいだ表情になるムギ先輩は勿論、『やれやれ』と呆れたような表情を浮かべる澪先輩も、結局は律先輩の提案に乗っかるのだろう。
(まあ、それが軽音部なんだろうな……)
「あずにゃんとオミくんも行くよね?」
 その後に続いた唯先輩の問いかけは、もはや『はい』という返事を期待しているかのようなトーンだった。
 しかし……。
「修学旅行の買い出しなら、私たちは関係ないんじゃあ……?」
 梓先輩の返答は、至極当然のものだったのだが……。
「いいんだよー。皆で行くほうが楽しいしー。オミくんも行けるよね?」
 どうやら今の答えで、梓先輩は行くことに決まったらしい。
 でも俺は……。
「すみません……。俺はパスです。明日は先約があるんで……」
 そう断った。
「ええー! オミくん、来れないのぉー!!」
「何だよ、オミ! ノリが悪いぞぉー! 先約って何なんだよ!!」
 途端に唯先輩と律先輩から責められる。
「何って……。明日は中学の時の友達とストバスやるんですよ。昨日、電話がきて、それで……」
「スットバス……?」
「ぶっとばす……?」
「いや、ストバスです!」
 唯先輩とムギ先輩が、あり得ないような聞き間違い(しかも何やら物騒な……)をしてきたので、一応の訂正はしておくことにする。
「ストバスっていうのは、ストリート・バスケのことですよ。広義には屋外でやるバスケ全般を差すんですけど、バスケみたいに細かいルールに捉われないで、競技者間で自由にルールを設定できるっていうのが大きな違いですね。部活のバスケが勝つためのものなら、ストバスはバスケを楽しむためのもの……そんな感じですね」
 そしてそう捕捉を加えた。
 中学時代、部活を引退した後くらいから、当時の仲間たちで始めたもので、引退した三年生が部活に顔を出していては後輩たちも気を遣うだろうということと、近所にバスケット・コート二面を隣接した市立体育館があるということが、その大きな理由だった。
 そして昨日、いつものようにトモから誘いの電話があったのだが、いつもとは違い、その電話の相手……トモの様子が、真面目なというか、真剣なというか、そんな声だったことに、多少の引っかかりもあった。
 トモ……木崎知弘は俺の幼馴染みであり、中学時代のバスケ部の仲間でもある。今は、バスケの名門・清峰高校に通っているのだが、バスケ部は同じ系列の清峰中学出身者でないと一軍入りは難しいと言われているらしく、他中学出身のトモなどは、バスケ部でありながらボールを触れるのは、ボール磨きの時くらいで、球拾いすらやらせてはもらえないのだという。その日頃のバスケに対する鬱憤から、特にここ最近、週末のたびにストバスに借り出される始末だった。
 しかしかく言う俺も、バスケは今でも趣味の一つであり、また先々週は追試の勉強のため、先週はその解放感から惚けて過ごしたため、ストバスも久しぶりということで、トモの誘いに一も二もなく飛びついた。
 バスケができない鬱憤は、俺のほうにも溜まっていたのかもしれない。
「まあ、先に約束があったのなら仕方がないわね」
 すかさずムギ先輩が、フォローを入れてくれる。
「そうですよ。それに、たまには女性陣だけでショッピングを楽しむのも良いんじゃないですか?」
 だから俺も、そう返した。
「ええー! オミくんは男性として意識してないから、そんなこと気にしなくていいのにぃー!」
「えっ!?」
(それはそれで気にするだろ……)
 唯先輩の天然爆弾発言(個人的主観による)に心の中でそうツッコミを入れ、再びミルクティーに口をつける。
 その後も、先輩たちの修学旅行談義は続いたが、俺は既に明日のストバスに想いを馳せていた。



「紹介するよ。こいつは同じ高校のバスケ部一年の如月琢磨。覚えてるだろ?」
 翌日、いつものように市立体育館へと出掛けた。その体育館に隣接してある屋外コートで、ストバスをするためだ。
 普段のメンバーは、元瀬野中学バスケ部が殆どだが、たまにメンバーの誰かが『同じ高校の友達』とかを連れて来ることがある。だからトモが、同じ高校のバスケ部仲間を連れて来たとしても、それは不思議ではない。
 しかし連れて来た相手に問題があった。
「忘れるわけないじゃないか! 如月琢磨って、元清峰中学の四番だよな!?」
 そうだ……。
 去年の夏、俺にとっては最後のバスケ公式戦となった清峰中学とのブロック予選第一回戦。その相手チームで四番を背負っていた男。キャプテンでポイント・ガード……つまりはチームの司令塔。それは俺と全く同じポジション。
 そう、つまりは俺を打ち負かした男……。それが今、目の前にいる如月琢磨だ。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
 如月はそう言って右手を差し出す。
「あっ、ああ……」
 それ以上の言葉が出ず、機械的にその右手を握る。
「俺も君のことは忘れられないからね」
「俺のことが……?」
 元清峰中学のキャプテンといえば、前年度全国優勝のチームを率いたチーム・リーダーだ。
「ああ、そうだ」
 しかし如月はそう言うと、真っ直ぐに俺を見据えている。
「冗談だろ? おまえは日本一、俺は一回戦敗退。おまえの記憶に残る理由がどこにある?」
「確かに俺たちはブロック予選の一回戦で君たちを下した」
「はは……、はっきり言うね……」
「その後、俺たちは決勝リーグで優勝するまで、一度も敗けることはなかった」
「知ってるよ。毎日、朝刊のスポーツ欄は、おまえたちの話題で持ちきりだったからな」
 もっともそれは、かなり誇張していたが……。
「けど、君たち程、俺を楽しませてくれたチームはなかった」
「楽しませてくれたチーム……?」
「ああ、そうだ。君たち以上に強いチームはなかったんだ。君たちは、偶々ブロック予選の一回戦で俺たちと当たったから、一回戦敗退になっただけで、俺たちと決勝で当たっていれば、ブロック予選二位。いや、あの試合だって紙一重だったし、もしかしたら決勝リーグに進んでいたのも……」
「よせよ!」
 如月の言葉を遮るため、わざと大きな声を上げた。
「俺たちはブロック予選一回戦敗退。おまえたちは全国優勝。それが唯一で全てだ。試合に“もしかしたら”なんてのはない。それに、強いチームが勝つんじゃない。勝ったチームが強いんだ。だから敗けた俺たちより、勝ったおまえたちのほうが強かった。それが現実の事実なんだ!」
 そう思わなければ、俺は結果を受け入れ、前へ進むことはできなかっただろう。
「わかった! ありがとう」
 だが何故か、如月はそう言って、笑った。
 如月の中でもあの試合は特別な想いとして、心に刻まれているのかもしれない。もしそうだとしたら、あの頃の俺たちのバスケも、あながち間違いではないと言えるような気がした。
「さあさあ! 顔見せはこのくらいにして、そろそろゲームやろうぜ!」
 人数の関係で、今日のストバスは、ハーフ・コートの3on3に決まった。
 とはいえ、如月以外は全員、元瀬野中学バスケ部なので如月にはハンデかとも思ったが、逆に考えれば、俺以外は現役の清峰高校バスケ部だった。
(まあ、イーブンか……)
 そう自分の中で折り合いをつけ、ゲームは始まった。
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