Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#8 光を目指して
1ページ/4ページ

 返ってきた答案用紙を机の上に並べる。
『オミくん、凄い!』
 それを見た梓先輩が、そう感嘆の声を上げた。瞳を輝かせながら……。
 それもそのはず、そこに並べられた答案用紙は、そのどれもが百点なのだから。
 全教科で百点など、ムギ先輩や澪先輩だって、そうそうないはずだ。
 だからこんな日くらいは、手放しで褒めてもらってもいいと思う。
 満面の笑みで、称賛の言葉を口にする梓先輩に対し、少し……いや、かなり誇らしげに、だから俺は胸を張った。
『じゃあ、オミくん。本番の試験も、この調子で頑張ってね!』
『えっ!? 本番?』
『そう! 本番!!』
(本番……? 本番……?)



 重たい瞼を開けると、目の前には天井が見えた……ということは、俺は今、仰向けに寝ているということになる。
(…………、っていうか……)
「夢オチかよ!!」
 まあ、内心『俺が全教科を百点』なんて、夢みたいな話だとは思ったが……。
(本当に夢かよ……)
 カーテンの隙間から入り込む光から、もう朝だということは察しがついた……のだが、一応、目覚まし時計を確認すると、朝どころか既に昼前という時間を、その針が示していた。
(そろそろ起きるか……)
 昨日の澪先輩のファンクラブお茶会は、盛大かつ盛況に幕を閉じ、また俺自身は初ライブということも相俟って、達成感と充実感をひしひしと感じながら、その後の打ち上げに参加した。打ち上げが終わって、家に着いた時には、既に二十時を回ってはいたのだが、その時もライブの余韻は消えず、風呂から上がった後、その残った余韻に浸るように、キーボードに向かったのが二十一時半。それから何時間、キーボードを弾いていたのかわからないが、気づいた時には、カーテン越しに浮かぶ光が、漆黒からオレンジへと変わっているのを確認し、そのままベッドへと入ったことは憶えている。
 目覚まし時計を元の位置に戻すと、カーテンを開け、窓を全開にする。
 そして寝間着代わりに着ているスウェットのまま階下に降りると、キッチンへと向かった。
 キッチンに併設されてあるリビングのドアを開けようと、ノブに手をかけたところで、その中から賑やかな……いや、姦しい声が聞こえてきた。
(お客さんかな?)
 まあしかし、父さんが単身赴任中の我が家において、休日の昼間っから来る客なんて、母さんか姉さんの友達に決まっている。
 もし俺の友達なら、必ず起こされただろうし……。
 ならば、何も遠慮することはないだろう。
 家にあげるということは、俺が気を遣わなくてはいけないような畏まった相手ではないということだ。
 たぶん……。
 だが果たして、そのドアを開けた時、リビングのソファーに座っていた顔ぶれは、やはり見憶えのあるそれらだった。
「あっ! 孝臣、おはよう。っていうか、もう昼だぞぉー」
「うん……、おはよう。昨日、夜更かししすぎたみたいで、爆睡してたよ」
 頭をガシガシと掻きながら、姉さんの挨拶にそう答え、そのままキッチンの冷蔵庫へと向かった。
「っていうか、そのメンバーがウチに集まるのって、久しぶりなんじゃない?」
 そして、冷蔵庫から取り出したミネラル・ウォーターを一息に飲んで、そう訊いた。
 そこにいた顔ぶれは、姉さんがまだ独身の頃は、しょっちゅうウチに泊まりに来ては……よく俺を弄っていた連中だった。
 最後に会ったのは確か、姉さんがアフリカに発つ日、空港まで見送りに行った時だから、もう四年も前ということになる。
「なかなか予定が合わなくってねー。やっとだよ」
 そう答える姉さんに「ふーん」と返し、他のメンバーには「じゃあ、ごゆっくり」と挨拶代わりに声をかけ、洗面所へと向かった。
(今日は出かけるか……)
 あのメンバーが集まったということは、きっと家の中で勉強することは不可能だろう。
 絶対に弄られるに決まっている。
 特に今日は、梓先輩との『一日二時間、勉強をする』という約束を、昨日は果たせなかったので、その埋め合わせも含めて、勉強しなくてはならない。
(図書館にでも行くか……)
 シャカシャカと歯を磨きながら、そう結論を出した。



 図書館の入り口が見えた時、見憶えのある顔が目についた。
(あれは……)
「会長!」
 まだ少し距離があったので、意識的に大きな声で呼びかけてみる。
 すると、その声に反応するように、会長も微笑みながら手を振ってくれた。
 真鍋和先輩……桜高の生徒会長だ。
 手を振る会長に駆け寄る。
「おはようございます!」
 そしてそう挨拶をすると、
「おはよう……というよりも、もう“こんにちは”だけどね」
 と、やはり笑顔で返してくれた。
「ですね……」
 だから、そう言って俺も笑う。
「会長も勉強ですか?」
 肩にかけた、“お出かけ用”というには少し大きめのバッグに視線が移る。
「うん。もうすぐ期末だからね」
「ですよね……」
 やっぱり会長は、休日でも優等生のようだ。
「乾くんも勉強?」
「はい、一応……」
「ふーん。意外にマジメなんだね」
「えっ!?」
「あっ、ごめん! “意外に”なんて言ったら失礼よね……」
 しかし会長の表情には、逆に少しも悪びれたところはなく、むしろ屈託もなかった。
「はは……。梓先輩と約束したんですよ。毎日二時間勉強して、期末は全教科平均点以上取るって……」
 そう言って、頬を人差し指でコリコリと掻いた。
「けど、そんな約束するなんて偉いじゃない。だったら有言実行しなくちゃね」
 会長はそう言うと、相変わらず笑っている。
「ですよね……」
 俺のほうは苦笑いにしかならないが……。
「それで、今日は何を勉強するの?」
「古文です」
 そして少しオーバーにバッグをかざしてみせる。
「そうなんだ。じゃあ、せっかくここで会ったんだし、一緒に勉強しましょうか。わからないところがあったら、教えてあげるから」
 会長はやはり笑顔だ。
「でも、そうなると俺の質問のせいで、会長が勉強する時間がなくなっちゃうかもしれませんよ」
「あら。もしそうなら、尚更一緒にやったほうがいいわね」
 そう言って、微笑みながら図書館へと入って行く会長に着いて行くように、その後ろに続いた。



 図書館に入ったのが十一時を少し回ったところだったから、かれこれ二時間、勉強したことになる。
 一年生の古文は、堀込先生が試験問題を作成すると言うと、
『堀込先生の場合は、とにかく基礎をきちんと押さえておく必要があるわね』
 と、レクチャーしてくれ、そこからは文法や解読などの基礎を徹底的に覚えた。
 会長曰く、堀込先生の作成する試験問題は、基礎をきちんと理解し、それを適切に応用できるかを見る内容になっているらしい。つまりは、付け焼き刃の丸暗記は通用しない……と。
『だから、点数の良い人と悪い人の差が大きいの』
 と、いうことだった。
 そのあたりが実に巧妙なのだという……。


 図書館を出て、大きく伸びをすると、ふと隣の会長に視線を移す。
 すると会長も、やはり大きく伸びをしていた。
 結局、最初の心配のとおり、会長はこの二時間の殆どを、俺へのティーチングに費やし、自分の勉強は決して捗ってはいないようだった。
『私も復習になったから』
 だけど、そんなことを気にする俺に、会長はやはり優しく微笑みながら、そう言ってくれた。
「そうだ! 会長、腹減ってません?」
「えっ!? うーん。そういえば、お昼まだだったし……」
 そう言って、軽くお腹の辺りを擦る会長に、「何か食べに行きませんか?」と誘ってみる。
 勿論、俺自身が朝から何も食べていないということもあったが、自分の勉強時間を割いて俺の勉強を見てくれたことに対するお礼の気持ちからだった。
「今日のお礼に、俺、奢っちゃいますよ!」
 だからそう付け加えたのは、まさにその気持ちの表れだ。
「ええっ!? そんな悪いわ。ちゃんと割り勘にしましょう」
「いいえ、せめてそのくらいはさせてくださいよ。と言ってもラーメンくらいしか無理ですけどね……」
 そう言うと、さすがに諦めたのか、多少『やれやれ』といった表情を浮かべてはいたが、やっと「じゃあ、お言葉に甘えるわ」と折れてくれた。
「その代わり、めちゃめちゃ旨いラーメンご馳走しますから!」
 そしてサムズ・アップをしながらそう言うと、
「あら、私もラーメンは大好きよ。じゃあ、期待させてもらうわね」
 という言葉と、そして、またいつもの笑顔が返ってきた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ