Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#3 その先の彼方
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「この子が孝臣が好きだった横田千鶴ちゃん。でもこの千鶴ちゃんは、孝臣の親友の木崎知弘くん……、あっ、木崎くんはこの子ね、この木崎くんのことが好きで、孝臣に木崎くんとの仲を取り持ってほしいって相談してきたの」
(…………?)
「結局、孝臣は自分の気持ちは封印して、千鶴ちゃんと木崎くんの仲をくっつけたのね。それで二人は付き合うことになったんだけどさ……」
(…………?)
「実はこの千鶴ちゃんの親友の清水春美ちゃん……、あっ、この子ね、春美ちゃんは。この春美ちゃんが孝臣のことを好きだったわけ」
(…………?)
「で、今度は千鶴ちゃんが、この春美ちゃんと孝臣をくっつけようと仲を取り持ち始めたの」
(…………?)
「けど孝臣は、千鶴ちゃんへの気持ちを断ち切れなくて、春美ちゃんをフッたわけ」
(…………?)
「けどさー、千鶴ちゃんにフッた理由を問い詰められても、答えることなんてできないじゃん!」
(…………?)
「それで結局、孝臣は千鶴ちゃんに……」

「姉さん!!」

 リビングのドアを開けようとしたところで、何やら姉さんの声が聞こえ、暫く聞いていたが、どうやらその話題は俺に関するとんでもない話のようだった。
 ドアを開け、姉さんに詰め寄ってみると、姉さんの他に唯先輩、律先輩、梓先輩が頭をつつき合わせており、その中心には俺の小学校の卒業アルバムがあった。どうやら俺が勉強に勤しんでいたまさにその時間、唯先輩が俺の部屋で見つけた中学の時の卒業アルバムを話の発端とし、小学校の時の卒業アルバムを探しだし、その想い出話……いや、暴露話に興じていたということらしい。
「何で姉さんは、そう口が軽いんだよ!」
「その口の軽い私に、自分の恋心を泣いて相談してきてたのは、いったいどこの誰だよー」
「うっ!」
 思わず言葉に詰まる。
「あっ! そういえば子供の頃のオミくんって、どんな子だったんですか?」
 こういうことに興味津々なのは、意外にもいつもムギ先輩だ……。
「さっきは『泣き虫で甘えん坊』って言ってましたよね?」
 そして梓先輩は、余計なことを思い出す……。
「うーん……。まあ、一言で言うと『外弁慶の内地蔵』ってやつかな」
「『内弁慶の外地蔵』じゃなくて?」
 澪先輩も話題に乗ってきてしまった……。
「そう! 『外弁慶の内地蔵』だね。友達の中ではガキ大将みたいなタイプでさー。自分の友達が苛められてたりすると、相手がどんなに年上だろうと向かっていくような無茶なところがあってねー。一度なんか、小学生のくせに、友達をカツアゲした高校生三人を相手に一人で向かっていったこともあったっけ」
「それでどうなったんですか?」
 遂には、唯先輩の目が輝きだした……。
「まあ、それで高校生たちをやっつけてれば漫画の主人公みたいに武勇伝の一つにでも挙げられたんだけどね……。当然、ボッコボコにされて帰って来たよー」
 そう言って笑いながら、姉さんは俺の肩を叩いた。
「けど……、外ではそんな無茶で無謀な無鉄砲だけど、家では私の後ろをいつも着いて回るほどの甘えん坊でさー。あの時だって『悔しい』って泣いて、私の胸にすがりついたもんさー」
「姉さん! もういいよ!!」
 これ以上の暴露は、俺の沽券に関わる……。まあ、沽券なんて最初からないけどさ……。
「オミ、男だねー」
 律先輩に言われると、なぜだかバカにされた気持ちになる。
「けど、何だかオミらしいよな!」
澪先輩の中の“俺らしさ”って何なんだろう……?
「とっ、とにかく! もうその話はいいですから、ご飯にしましょう! ご飯に!」
 無理矢理に会話を終わらせ、食卓に着くと、テーブルの上には俺がリクエストしたクリームコロッケが大皿二つにてんこ盛りにあり、他にも母さんの自慢の手料理の数々が所狭しと並べられていた。
「さあさあ! せっかくのご馳走なんだから、熱いうちに食べちゃいましょう!」
 そう言って、半ば強引に皆を席に着かせる。
「それじゃあ、いただきまーす!」
 そして両手を合わせ、待望のクリームコロッケに箸をつけた。
しかし……。
(…………?)
「ん? どうした? 孝臣」
「このクリームコロッケって、姉さんが作ったの?」
「えっ? 何で?」
「うん……、何か姉さんのクリームコロッケの味とは少し違うような……」
「あっ!」
 そこまで疑問を口にしたところで、梓先輩が声を上げた。
「そっちのお皿のほうは、私が作ったクリームコロッケだ!」
「あっ、どうりで……」
(って……、えっ!?)
 急に梓先輩の顔が曇り始めた。
「あっ、も……、もしかして美味しくなかったかな……? わ……、私……、クリームコロッケはあんまり家でも作らないから……、だから……」
「いやっ! 美味しいです! 美味しいですよ!」
 そう慌ててフォローをするが、梓先輩の表情は曇ったままだった。
 もちろん俺は『姉さんの作るクリームコロッケとは味が違う』と言いたかったわけで、だからと言って梓先輩の作ったクリームコロッケも美味しいことに変わりはなかったのだが……。
 律先輩が、唯先輩が、ムギ先輩が、そして澪先輩が、それぞれ梓先輩と姉さんのクリームコロッケを食べ比べ始めた。
 そして四人は、顔を見合わせる。
「正直、こう食べ比べてみても、私にはお姉さんのクリームコロッケと梓のクリームコロッケの、味の違いがわからないんだけどな……」
「うん! 私もりっちゃんと同じだよ。二つとも凄く美味しいし!」
「そもそもレシピは同じなんだから、作る人が違ってもあまり変わらないはずだし……」
「私もそう思うな……。梓のクリームコロッケも、お姉さんのクリームコロッケと同じくらい美味しいよ」
 つまりは、四人にはわからない程、二つのクリームコロッケに味の差はないということらしい。
「すみません、梓先輩……。俺が変なことを言ったばっかりに……」
「あっ、そんなこと……。オミくんは何も……」
「梓ちゃーん!」
 その梓先輩の言葉を遮って、姉さんが言葉を挟んできた。
「それじゃあ、私のクリームコロッケと梓ちゃんのクリームコロッケの、味の違いを教えてあげようか?」
「味の違い……?」
「そう! 味の違い!」
「何なんだよ、姉さん?」
「ふっふーん!」
 そしてなぜか、姉さんは得意顔になる。
「いい、梓ちゃん! さっきムギちゃんが『あまり変わらない』って言ったけど、実は“あまり変わらない”というのは“同じ”ということではないの。“あまり変わらない”というのは“殆ど同じ”という意味。つまりは“少し違う”ってことね」
「少し違う……?」
 姉さんの言葉に釣られるかのように、梓先輩が復唱する。
「じゃあ、その“少し”って何なんだよ?」
 姉さんの、わざと焦らしているかのような言い回しに、俺はその先を急がせた。
「その“少し”の差っていうのはね、それは“想い出”だよ!」
「想い出……?」
「そう! たとえ全く同じ物のように見えても、想い出があるかないかで、愛着の度合いって変わるものでしょ?」
「あっ!」
 姉さんの言葉に、梓先輩は何か気づいたかのような声を上げた。しかし他の四人は未だ要領を得ない表情をしている。
「ねえ、あずにゃん。どういうこと?」
「ああ……、そうですね……。たとえば唯先輩の場合、同じレスポールでも、ギー太とそれ以外のギターでは、見た目が同じでも愛着の度合いが違うってことですかね……」
「ギー太以外のギターは嫌だよぉー」
 梓先輩の説明に、唯先輩も理解したのか、しかし悲痛な叫びを上げた。
「つまり、俺にとっては姉さんのクリームコロッケには想い出がある分だけ美味しく感じる……ってこと?」
(何だか、こじつけみたいじゃね?)
「まあ、そういうことだねー。だからさ、梓ちゃん! これからも孝臣と、楽しい想い出をたくさん作ってあげてよ、ね!」
「ちょっ! 姉さん!」
 予想外の姉さんの発言に慌てて口を塞ごうとしたが、しかし当の梓先輩は腫れ物が引いたかのような、すっきりとした笑顔で「はい!」と返事をした。
「あっ! もちろん、他の先輩諸君も、うちの孝臣をよろしくね!」
 姉さんがそう言うと、先輩たちも皆、一様に笑顔でお互い顔を合わせ合った。
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