Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜
□#8 光を目指して
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月曜日。
放課後。
部室へと向かう足取りも軽い。
何か一つのことが充実すれば、他のことも充実していく……なんてことは、よくある話で。
梓先輩との約束どおり、毎日二時間という勉強時間のノルマを果たしていくうちに溜まった鬱憤を、まるで晴らすかのように作曲に取り組んだ結果、遂に昨日、完成してしまったのだ。
“冬の日”
まあ、こんな真夏日に完成させた曲が、そんなタイトルだというのも俺らしいのかもしれないが、これは以前、澪先輩から預った歌詞を使って作ったからで、仕方がない。
何にしても、悲願だった作曲を、やっと一曲、成すことができたのだから、意気揚々となっても、今日ばかりは良いだろう。
ただ、やはり先輩たちに見せるのは緊張してしまうのだが……。
何といっても、軽音部はムギ先輩が全ての楽曲を作曲しているわけで、それは言わば、先輩たちはムギ先輩の曲に慣れているということになる。
つまりは、ムギ先輩の曲と比べられてしまっては……さすがに自信を持つことができない。
『ムギはムギ! オミはオミだろ!』
『ムギが作るような曲をオミが書けなくったって、それは当たり前だ! だって、オミはムギじゃないんだから!』
『ムギを意識する必要はないさ』
『あれはムギの世界なんだから。オミはオミで、オミの世界を作ればいいんだよ!』
それは律先輩から言われた言葉……。
律先輩流の激励というところなのだろうけど……。
(だからって、そんな簡単に割りきれるもんじゃねえよな……)
だけど、これが俺にとっての、先ずは第一歩だ。
ダメ出しは覚悟の上。むしろダメ出ししてもらったほうが、今後の作曲に生かせるわけで、好都合なのだから……。
(とでも思わなきゃ、緊張が取れねえよ……)
達成感と緊張を渦巻かせながら、そしていよいよ部室のドアを開けた……。
「あっ、オミくん! お疲れさま」
そこにいたのは梓先輩が一人。長椅子にバッグを置こうとしていたところを見ると、どうやら梓先輩も今来たばかりらしい。
「梓先輩! お疲れさまです!」
そう返して、梓先輩のバッグの横に自分のバッグを並べる。そしてバッグから、問題の楽譜を取り出した。
「何? それ」
「楽譜です。実は昨日、やっと一曲完成しまして……」
その楽譜を指差し、訊いてきた梓先輩に、楽譜を見やすく呈示しながらそう答えた。
「ふーん。作曲かー。あっ! でも、作曲してて勉強はちゃんと捗ってるの? 約束大丈夫?」
梓先輩は、少しだけ心配そうな表情を浮かべる。
いや、内心は相当心配しているのかもしれない。
「一応、約束のノルマ分は勉強してますよ。それに最近は、少しずつ手応えも感じてるし」
だからそう言って、心配を和らげようと試みた。
「ならいいけど……。けど、油断は禁物だよ!」
「はは……。梓先輩は厳しいな……。でも大丈夫ですよ! 一昨日なんて、図書館で和先輩とみっちり勉強したくらいだし!」
「えっ!? 和先輩……?」
「はい!」
しかし、安心させるために言った言葉で、梓先輩は更に怪訝そうな表情を浮かべた。
「梓先輩……?」
(やっぱり俺と和先輩って、妙な……いやいや、珍しい組み合わせだからか?)
しばし沈黙が流れるが、その意図がわからず、とりあえず俺は、俺のすべきことをするため部室を出ることにした。
「梓先輩。俺、この楽譜をコピーして来ますんで、職員室に行って来ますね……」
「ねえ、オミくん……」
「は……、はい……?」
「オミくんは、いつから和先輩のことを“和先輩”って呼ぶようになったの?」
「えっ!?」
「だって、先週までは“会長”って呼んでいたのに、週が明けたらいきなり名前で呼んでるんだもん……」
「それは一昨日から……」
「じゃあ、和先輩もオミくんのこと“オミくん”って呼んでるわけ!?」
「いや……、えっと……、“オミ”って……」
「呼び捨て!?」
「はあ……、まあ……」
しだいに梓先輩の形相が変わっていき、正直……怖い。
「そうなんだ……」
「はあ……、まあ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ……、あの……、梓先輩……?」
「えっ!?」
「もし良かったら、梓先輩も俺のこと呼び捨てにしてもいいんですよ……」
「へっ!?」
「あっ、だから……、呼び捨てに……」
「わっ、わっ、私は……、べっ、べつに呼び捨てにしたいとかそんな……、そんなんじゃないし……」
(って、めっちゃ狼狽えてるじゃん……)
「いや、まあ、無理にとは言いませんけど……」
「べつに無理とも言ってないもん!」
(ええーーーーっ!?)
「どっちなんですか!?」
「もういいから! 早くコピーしてきなよ!!」
そう言われると、そしてそのまま、何故か膨れっ面になった梓先輩に背中を押されるように、部室から追い出されてしまった。
「バカ……」
ドアが閉まる寸前、そんな呟きも聞こえたような気がしたが……。
(まったくもって……)
「ワケわかんねえ……」
(おっと!)
心の呟きすら、思わず口を突いて出てしまい、慌てて左手で口を押さえた。
「はあー」
(やれやれ……)
チラッと部室のドアに視線を移すが、もはや変わった形跡はなく、ワケがわからないことに多少のモヤモヤを露にするかのように頭をガシガシと掻きながら、階段を降りた。
★
「失礼しまーす!」
誰に対してというわけではないが、入り口でそう声をかけ、職員室に入る。
「あら、孝臣くん」
俺にそう声をかけてきたのは、我が軽音部の顧問、山中先生だ。
まあ、山中先生の席が、たまたま入り口に一番近いというだけの話なのだが……。
「孝臣くん、どうしたの? 部室の鍵なら、さっき梓ちゃんが持って行ったわよ」
放課後ということもあって、俺が部活に行くために部室の鍵を取りに来た……とでも思ったのだろう。
「違いますよ。コピーさせてもらおうと思って……」
だからそう言って、手に持っていた楽譜を見せた。
「実は初めて作曲したんです」
少し誇らしげに、そう付け加えて……。
「へえー! 孝臣くんが作曲ねー。どれどれ?」
山中先生に促されるまま、その楽譜を渡す。
よく考えれば、山中先生は軽音部の顧問であると同時に音楽教師でもある。言わば『音楽を教える』ということに関してはプロだと言える。しかも、高校時代は、今の俺たちとはそのジャンルこそ違うとはいえ、同じようにバンドを組み、オリジナル楽曲の作詞や作曲も手がけていたと聞く。
プロであり、経験者。
つまりは、感想を聞いたり、アドバイスを貰うには、まさに打ってつけの人物……といえるのかもしれない。
「どうですかね……?」
「これ、歌詞は誰が書いたの?」
「澪先輩が書いた歌詞に曲をつけたんです」
「詞先かー」
「はい……」
(長い……)
この沈黙が、やたらと長く感じる。
「ふぅー」
そして山中先生は、最後まで目を通した後、そう軽く息を吐いた。
「あの……、先生……?」
窺うように声をかける俺に、山中先生は「はい!」と言いながら楽譜を俺に返し、そしてニコリと笑った。
「あなたたちにピッタリだと思うわ」
そう言葉を続けて……。
「ピッタリ……ですか?」
(って、それは褒められたのか?)
「さてと……」
だが、山中先生はそれだけ言うと、徐に立ち上がり、校内放送用のマイクへと向かった。
(まあ、悪くはないってことだよな……?)
とりあえずは良いほうに考えることにして、俺は俺で楽譜のコピーに取りかかった。
『三年二組の田井中さん、平沢さん。至急、職員室に来なさい!』
(ええーーーーっ!)
さっきまでの優しい笑みとは対照的な、明らかに“怒”の感情が入り交じった声が、スピーカーから聞こえてきた。
そっと振り向くと、すでに山中先生は『やれやれ』という表情を浮かべながら、再び自分の席へと座ろうとしている。
(さっきのって、やっぱり律先輩と唯先輩だよな……)
確か山中先生は、律先輩たちのクラスの担任もしている。
故に、進路のこととか、成績のこととか……なのだろうか?
(まあ、三年生だし……。何かとあるんだろうな……)
その“何かと”が、二人の場合、他の人以上に心配だったりするのだが……。
最近のコピー機には感心する。
ソーター機能だけでなく、ちゃんとクリップで綴じられた形で出て来るのだから……。
コピー機の文明が、自分の想像の域を越えた発達を果たしていることにもだが、そんな文明の利器が自分の通う学校ですでに取り入れられているということにも驚いた。
しかし一番の驚きはやはり、山中先生に呼び出しを食らった律先輩と唯先輩の理由が、進路調査についてだということ……いや、正確に言うと、進路調査なのに、律先輩はそこに『未定』と記入し、唯先輩に至っては未だ未提出だったということだ。
一昨日の和先輩の話では、提出日はもう随分前のはずだった。
コピーを終え、原紙を含めて六部となった楽譜を抱える。
そして山中先生にコピー機使用のお礼だけでも言って退散しようと思ったのだが……。
「唯ちゃんは、まだ決まらないの?」
山中先生の声が聞こえてきた。
どうやら、唯先輩が未提出だった理由は、進路を決めかねているかららしい。
「まだずっと先のことだから、何だか実感湧かなくて……」
そう言うと、唯先輩は俯いた。
そんな会話を何気なく聞きながら、こっそりと三人の輪の中へと潜り込む。
それはまあ……、
(二人が心配だから……)
と、自分に言い訳をして。
「そんな先の話じゃないでしょ!? もうすぐよ!」
山中先生からそう言われ、唯先輩は一層俯く。
「さわちゃんもトシをとるわけだなー」
こんな状況でも、律先輩は相変わらずだ……。
「なぁーんですってぇー!? 聞こえなかったわー」
そう言いながら、山中先生が律先輩の頬をつねるのもお約束だ……。
「そういう律先輩は、まだ決めてないんですか?」
そんなやりとりに、さすがの俺も少々呆れながら、律先輩にそう訊ねてみる。
「そんなこと言われてもなー」
だが、律先輩からの返答は、そんな言葉だった。
「だよねー。まだピンとこないもん……」
それに唯先輩も同調する。
「けど周りの人たちは、もう決めているんでしょ? 受験勉強をするにも、大学や学部を決めないと、それによっては教科だって変わってくるだろうし」
「そんなことはわかってんだよー。でも何も思いつかないんだ!」
「っていうかオミくん! いつからそこにいたの!?」
「うわっ! ホントだ!! オミじゃんか!」
「今頃、気がついたんですか……」
(先のことどころか、周りも見えてねえんだな……)
「孝臣くんなら、あなたたちが来る前からここにいたわよ」
山中先生も呆れ口調だ。
「あっ! そういえば、さわちゃんさー」
しかし律先輩はそれに動じることなく、相変わらずのペースで話を振ってくる。
「高校時代は“あんな”だったのに、何で先生になろうって思ったのー?」
律先輩の言う“あんな”とは、つまりはデスメタル……まあ、山中先生曰くの“ワイルド”を追求したバンドのことだ。
「いや……、それは……、恥ずかしいから……」
予想外に山中先生は顔を赤らめた。
「何々!?」
そんな山中先生の態度に、唯先輩も興味津々だ。
「ぜひ! 参考にしたいんで、教えてくださーい!」
律先輩は楽しそうだ。
けど……。
「確かに俺も興味がありますねー。っていうか、よく考えたら、学生にとって教師は一番身近な職業だし、教師を選ぶ理由って聞いてみたいですもん」
勿論、俺のは本音だ。
ただ律先輩と唯先輩のワクワクな表情と並ぶと、同列に扱われてしまうかもしれないが……。
「実はね……」
だが、根負けしたのか、山中先生はその動機を語り始めた。
「その頃、好きだった人が『教師になる』って言うから、『じゃあ、私もー』って……」
「不純だな……」
「確かに……」
予想外というか、予想どおり過ぎるというか、そんな結末に、思わず本音が律先輩とかぶった。
「それで、その人とはどうなったのー」
(ええーーーーっ! そこは現状を見て察するところだろー)
唯先輩の『人の心を悪気なくえぐる』スキルが発動したようだ……。
「ふられたわよー!!」
そしてとうとう、山中先生は項垂れてしまった……。
「けどさー。さわちゃん、その人のおかげで、今は夢を叶えて先生になれたんでしょ?」
(おおっ! 唯先輩、『まさか』のナイス・フォロー)
「そうだよ、さわちゃん! 大切なのは過去じゃなく今だよ! 今!」
律先輩も唯先輩に続くようにフォローに入る。
「でも、その“今”も彼氏はいないんだっけ?」
(…………)
唯先輩のスキルが再び発動した……。
「あーあ……」
「あーあ……」
再び泣き崩れる山中先生を尻目に、遂にはフォローは無理と判断し、律先輩共々、そそくさと職員室を退散することにした……。
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