Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#9 そこにある想い
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「梓先輩!」
 翌日、いつものように我が家にて、梓先輩と一緒に試験勉強に励む。
 だが、しかし……。
「梓先輩!」
 今日の梓先輩は、どこかおかしくて……。
「梓先輩ってば!」
「えっ!? あっ、オ……、オミ……。どうしたの?」
「どうしたの……じゃないですよ」
「ああ、ごめん……」
「梓先輩こそ、どうしたんですか?」
 つまりは一事が万事、こんな調子で上の空な状態なのだ。
「べつに……、何でも……」
「何でもないのに、心ここに在らず……みたいな空気になるんですか?」
「心は…、ちゃんとここにあるし……」
「本当に?」
 だがそれが本心ではないことは、梓先輩の表情を見ていれば明白なことだった。
 それがただの強がりなのか、何かの言い訳なのかはわからないが、しかしいずれにしても、梓先輩が何やら悩んでいる……ということだけは察することができた。
 果たして、暫しの沈黙が流れた後、
「オミ、ごめん……」
 と、梓先輩は小さく頭を下げた。
 状況が飲み込めず、人差し指で頬をコリコリと掻いていると、梓先輩が更に言葉を続けてくる。
「実はね、今日、憂から聞いたんだけど……」
 という前置きをして、梓先輩が話したことを要約すると、つまりは唯先輩のことだった。
 唯先輩が、近所に住むお婆さんに薦められて、町内会が主催する演芸大会に出場することを決めたのだという。しかも開催日が、期末試験が終わる次の日。必然的に、唯先輩は期末試験と演芸大会の両方の準備を、同時進行で進めていかなくてはならない。どんな一芸を披露するのかはわからないが、試験勉強をしながら練習をするのは、唯先輩にはいささか荷が重いのではないか。
 それが梓先輩の見解だった。
「唯先輩一人で出るんですか? 他の先輩たちは?」
「憂の話だと一人で出るみたい。まあ、もしかしたら今日学校で、先輩たちも一緒に出るっていう話になってるかもしれないけど」
「心配……ですか?」
「う……、うーん」
 だけど梓先輩からの答えは返ってこない。
(っても、心配なんだろうな……)
 再び沈黙が室内に漂い、お互いに自分のノートに目を落としたまま、掛け時計の秒針の音だけがその空間を支配した。
 梓先輩も、俺も、問題集の内容が頭に入らなくなり、意味もなくノートを見つめる時間だけが淡々と過ぎていく。
 気づけば、どのくらいの時間が経ったのだろう。
「せめて先輩たちが一緒に出てくれるなら……」
 梓先輩の口から、小さくそう呟かれた。
「梓先輩はどうなんですか?」
「えっ!? 私?」
「そんなに心配なら、一緒に出てあげたらどうですか?」
 だけど、梓先輩はやっぱり俯いてしまう。
「ダメだよ……。私はオミの勉強を見てあげなくちゃいけないのに。その上、唯先輩と練習する時間なんてないよ……」
 そして俯いたまま、そう言った。
(でも、それって……)
「それじゃあ、まるで唯先輩と一緒に出たいけど、俺のために諦める。だから心配が募るばかりだ…みたいに聞こえますよ」
 自分でもトゲのある言い方だと思ったが、思わず口をついて出てしまった。
「そんなつもりで言ったんじゃないよ!」
 だけど、そのトゲはしっかりと梓先輩に伝わったらしく、返ってきた言葉も、その語気は荒かった。
「でも、さっきの言い方じゃあ、俺の勉強を見る時間がなければ、唯先輩との練習時間に充てられる…って意味に受け取れます!」
 そんなことを言うつもりは毛頭ない。
 ないのに、言葉が止まらなかった。
「何でそんな言い方するの!? 私はただ、オミに試験で良い点を取ってほしいから……」
「でも唯先輩にも協力したいんでしょ?」
「そりゃー……」
 そこで言葉は途切れた。
 梓先輩は、悔しそうな、悲しそうな、そんなせつない表情を浮かべている。それはまるで、何かに堪えるような……。
「お婆ちゃんへの恩返しなんだって……」
 そして、ぽつりと、そんな言葉が耳に届いた。
「恩返し?」
「うん……。唯先輩の家の近所に住むお婆ちゃんなんだけどね。唯先輩、小さい頃からお世話になってたから、そのお婆ちゃんが薦めてくれたその演芸大会で優勝して、賞品の温泉旅行をプレゼントするんだって。そう言ってたんだって……」
「唯先輩らしいな…」
 ふと、そう思えた。唯先輩なら、そんなこと考えそうだ……と。
「うん。私もそう思った」
「だから協力したい……と?」
 しかし、そこに触れると、また梓先輩は俯く。
「いいですよ!」
 だから俺は、そう言うことにした。
「いいって、何が?」
「唯先輩に協力して」
「はっ!? だから何でそうなるの? 言ったでしょ。私にはオミに約束させた手前、オミに全教科平均点以上取らせる責任があるの! だからオミの勉強を見る時間を犠牲にはできないから」
 梓先輩は、やっぱり強がりで意地っ張りだ。それは強い責任感の表れなのかもしれないけど、こんな時くらいは素直にカッコつけさせてほしいものだ。
(なんて、言えた立場でもないか……)
 だけど、やっぱり……。
「梓先輩に無理をさせるのは心苦しいですよ」
「だから無理なんて……」
「無理してない人が、今日ここに来てずっと、上の空になるんですか?」
「うっ!?」
 そしてまた、沈黙……。
 何だか今日は、この繰り返しだ……。



「まったく……。人使いの荒さだけは、ホント二人前だな……」
 そう、ぶつくさと言いながら、目当ての牛乳を探す。
 梓先輩が『ちょっと早いけど、今日はここまでにしよう』と言い出し、本日の勉強会は一先ずお開きとなった。もっとも、『明日までに、ここまでやっておくように』と、宿題を出される羽目に陥ってしまったのだが……。
 だが、梓先輩が予定より早く勉強を切り上げたことを考えると、よっぽど唯先輩のことが心配なのだろう。
「まあ、確かに心配にもなるわな……」
 だからか、独り言もつい呟いてしまう。
(それにしても……)
「牛乳……、わからん……」
 何せ俺は、生まれてこのかた牛乳が大嫌いなのだ。
 銘柄を言われても、正直よくわからない。
 にもかかわらず、買いに来ているのは、ひとえに姉さんから頼まれ……いや、強引に買いに行かされたからに他ならない。
 近所のスーパーが何故か売り切れていて、仕方なく隣町のスーパーまで買い行かなくてはならず、だけど当の本人の姉さんからは『私、身重だから……』という伝家の宝刀を振りかざされ、結局は俺が買いに行くことになってしまった。
 だいたい牛乳なんて、どの銘柄でも大して変わらないだろうに、姉さん曰く『全然違う』らしい。
 まあ、こんなふうに最後は折れてしまうから、いつもいつも姉さんから良いようにこき使われてしまうのかもしれないが……。
 だけどやはり、頼りにされることに関しては、満更嫌でもない……と、いうことにしておこう。


「オミ!」
 不意に呼ばれ、声のほうに振り向くと、黄色い買い物カゴを肘にかけた澪先輩が立っていた。
「澪先輩!」
「オミ、どうしたんだ? 牛乳を見ながら、ぶつぶつと独り言を言って。端から見てると、不気味だぞ!」
 澪先輩は、そう言って笑う。
「それが、牛乳を買いに来たんですけどね」
「まあ、そうだろうな」
 各種並んでいる牛乳を見ているわけだから、普通にそう思われるのは当然だろう。
「けど、珍しいな。オミがこっちのスーパーまで来るなんて」
「近所のスーパーは、目当ての銘柄が売り切れだったんです」
 そう言って、姉さんから預かったメモを手渡した。
「この牛乳なら、あっちの特売コーナーにあったぞ」
 そして澪先輩は、その方向を指し示したが、すぐに『私も買うから一緒に行こう』と申し出てくれ、礼を言うと、そのまま並んで歩き始めた。
「ところで、澪先輩」
「何だ?」
「唯先輩のこと、聞きましたよ」
「ああ、演芸大会のことか?」
「はい」
「まったく、唯は何を考えているのやら……」
 澪先輩はそう言うと、苦笑い気味に「はあー」と溜め息を吐き、『やれやれ』という表情を浮かべた。
「でも、お世話になってるお婆ちゃんに恩返し……なんて、唯先輩らしいじゃないですか?」
「けどさ……、何もこの時期になー」
「やっぱり期末試験がネックですよね」
 そう返すものの、やはり澪先輩は『やれやれ』と言いた気な表情を変えなかった。
「そういえば、演芸大会ってことは、一芸を披露するんですよね? 唯先輩は何をするんですか?」
 一芸といえば、皿回しだとか、手品だとか、曲芸だとか、はたまたコント……とか?
(いや、コントはないか……)
「ギターの弾き語りをするんだってさ」
「弾き語り!?」
 唯先輩にしては、しごくまともな選択に、逆に驚いてしまった。
「何でも、そのお婆ちゃんが、唯がギターを弾く姿を見たいって言ったらしいんだよ」
「へえー」
(なるほど……)
 確かにそんな経緯であれば、その選択に行き着いても不思議ではない。
(ない……のだけど)
「澪先輩たちは一緒には出ないんですよね?」
「えっ!? う……、うん……。けど、正直言うと迷ってる」
「迷ってるんですか?」
「私だって……いや勿論、律やムギもだけど、唯に協力したいって気持ちはあるんだよ」
「やっぱり期末試験……ですよね?」
「さすがに翌日だからな」
「でも迷ってるってことは、もしかしたら……」
「まあ、律やムギが出るって言い出せば、そりゃー私だって……」
(葛藤……か)
 協力はしたいけど、期末試験に悪影響を及ぼすことになるのは困る。
 でもそう考えると、唯先輩自身が期末試験に悪影響を及ぼす可能性もある。しかも、かなり高い確率で……。
 そうならないためにも、協力は必須。でも協力をすると……。
 まさに思考の悪循環だ。
「仕方ないですよ。澪先輩たちは受験生なんだし。俺たちみたいに、期末試験にだけ照準を合わせたような、その場しのぎの勉強で乗り切るってわけにはいかないでしょうし」
 だから、そうフォローを入れておく。
「何だ、オミはその場しのぎのつもりで勉強をしていたのか? そんなこと言ってると、また梓に怒られるぞ」
「何で、そこで梓先輩の話が出てくるんですか!」
 途端に澪先輩の表情が、悪戯っ子のようなそれに変わる。
「毎日、梓に勉強を見てもらっているんだろ?」
「それはそうですけど……」
(けど、梓先輩……か)
「どうした、オミ?」
「あ……、いえ……」
 今日の梓先輩の様子。
 そして澪先輩たちは一緒には出ないらしい。
 ということを考えると……。
(意外と、梓先輩のほうから『一緒に出る』って言い出すかもな……)
 そう思うと、思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「何だよ? オミ」
「あっ! いえ……。本当に何でもないんです」
 澪先輩は相変わらず、探るような怪訝な表情のままだったが、俺はあながちそれが見当違いなことではないように思えて、やっぱり吹き出しそうになった。
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