Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#9 そこにある想い
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 翌朝、俺は珍しい光景を目にすることになった。
 いや、よくよく考えてみれば、俺の家は学校から近い。少なくとも、軽音部員の中では一番だ。
 つまりは先輩たちの誰もが、登下校の際には必ず俺の家の前を通ることになる。
 勿論、本当に家の真ん前を通るわけではないのだが、俺の家から通学路となっている大通りまでは、少し速く歩けば一分とかからない、言わば目と鼻の先だ。
 だから登校中に先輩たちと出会ったとしても、本来なら何ら不思議ではない。にもかかわらず、この三ヶ月、殆ど出会うことがなかったのは、単に皆とは登校する時間が違うから……ということに他ならない。
 それは普段なら、俺が朝練も兼ねて早めに登校しているからだ。
 とはいえ、俺が部室に着く前後の時間に、他の先輩たち(その多くはムギ先輩か梓先輩だけど)も登校して来ることを考えると、逆に今まで出会わなかったことのほうが偶然だったのかもしれないが……。
 だけど、その偶然が日常だった中で、今朝は梓先輩に出会った。
 もっとも、大通りまで出てみると、そこに梓先輩が立っていたからで、要は、どうやら梓先輩は俺を待っていた…ということだった。
「おはよう。オミ」
「おはようございます」
 そんな挨拶を交わし、二人並んで学校へと向かう。
「実はね、オミに話があるの」
 もうすぐ正門に着くという頃になって、やっと梓先輩は俺を待っていた理由である用件を口にした。
「何ですか?」
「今日から午後の勉強会を図書館でやろうかなって」
(そんなこと……?)
 だけど梓先輩の表情を見ていると、きっとそれだけではないであろうことは容易に察しがついた。
「いいですよ」
「ありがとう……」
「で? まだ何か話があるんじゃないですか?」
 だからそう訊いたのだが、果たして「うん、実はね……」と、更に梓先輩は言葉を続けた。
「その勉強会、唯先輩も一緒でもいいかな?」
「いいですよ」
「それでね……」
 だけど、今度はそのまま黙り込んでしまう。
「時間は、今までより早めに終わるほうがいいんですよね?」
 なので、こちらからそう確認してみた。
「何で、それを!?」
「唯先輩と一緒に演芸大会に出ることに決めたんでしょ?」
「う……、うん……」
「それで唯先輩のために予定を組んできた」
「ま……、まあ……」
「やっぱり」
「何でわかったの!?」
 梓先輩は不思議そうに訊ねてきたが、その根拠は簡単なことだった。
「梓先輩なら、そうするんじゃないかって思ったんです」
 そう言って『ニッ』と笑うと、梓先輩は俯いたままではあったが、やっと表情に笑みが戻った。
「こういうの作ってきたんだ……」
 そして梓先輩がポケットから取り出したA4サイズの紙には、円で書かれた予定表が示されていた。
 七時から八時半が朝食と登校。八時半から十二時半が授業。十二時半から十三時半が昼食。十三時半から十六時が図書館で勉強。十六時から十八時が練習。十八時から二十時が夕食とお風呂、そして休憩。二十時から二十二時が再び勉強。
 つまりは、勉強会自体は今までより二時間程早く切り上げ、それを練習に使う……ということだった。
「練習時間、二時間で大丈夫なんですか?」
 本番までは、すでに一週間を切っている。
 しかも今回は演芸大会。
 いつものライブとは勝手が違うわけで、当然その準備だって今までより時間がかかるはずだ。
「うん……。でもこれ以上は勉強会の時間を削るわけにはいかないし。それに、唯先輩の集中力は人並み外れて高くなる時があるから、そこに賭けてみることにするよ」
 言葉では心許なく聞こえるが、しかし梓先輩の表情は、そんな言葉とは裏腹に、何となく自信あり気に見える。
「わかりました! 俺も協力しますよ。俺は唯先輩と一緒にステージには立てませんけど、なるべく勉強のほうで梓先輩の手を煩わせないようにしますから」
「オミ……。ありがとう」
「その代わり……」
「その代わり?」
「二人のユニット、俺も楽しみにしていていいですよね?」
 その気持ちこそが、俺にとってのエールだ。
「うん! 勿論だよ!!」
 それに気づいてかどうかはわからないが、梓先輩からはそんな返事とともに、今度はとびきりの笑顔が返ってきた。



 期末試験を翌日に控え、今日も弁当を持って屋上へと向かう。
 試験一週間前、授業が午前中のみとなり、梓先輩との勉強会が始まった。
 その時は俺の家で行われていたため、昼食は家で摂っていたのだが、梓先輩が唯先輩と一緒に演芸大会に出場することになってからは、唯先輩も勉強会に加わったため、梓先輩の提案で、場所を図書館に移した。
 なのでそれからは、昼食は学校で摂り、そのまま図書館へと向かうことにしていた。
 勿論、学校で摂る昼食といえば、言わずもがな母さんに作ってもらった弁当となる。
 以前、購買のパンを買いに行って散々な目に遭ったからだ……。
 勉強と練習の両立……初日こそノートに梓先輩の落書きをして、梓先輩から怒られていた唯先輩だったが、今は勉強に関してはかなり集中力を発揮しているように見受けられる。
 もっとも結果に繋がっているのかどうかは、端から見ている分には定かではないが……。
 だけど、俺が軽音部に入部したばかりの頃、梓先輩から聞いた唯先輩たちの評、
『やる時はやるんだよね』
 その言葉が、今の唯先輩を見ていると、妙に説得力があるように思えてならない。
(この分だと、練習のほうも期待できるかもしれないな……)
 そんなことを考え、この前は梓先輩を励ますつもりで『二人のユニット、俺も楽しみにしていていいですよね?』なんて言ったが、今では激励なんて抜きにして楽しみにしている自分に気づき、ふと心の中で苦笑いを浮かべてしまっていた。


「たーかーおーみーくーん!」
「うわっ!!」
 突如、背後から、今にも死にそうな声で名前を呼ばれ、思わず仰け反る。
「山中先生……」
 その『今にも死にそうな声』の主は、軽音部顧問、山中さわ子先生だった。
「どうしたんですか? いったい……」
「だぁーってぇーっ!」
 悲痛な叫びが耳に木霊する。
「ああー! オミだー!」
「へっ!?」
 またしても背後から名前を呼ばれたのだが……、
(どうせ今度は律先輩だろうな)
 と、予想しながら再び振り向いてみる。
(はい、ビンゴ!)
 廊下で大きな声で俺を“オミ”と呼ぶのは律先輩くらいだ……という予想は見事的中したみたいだった。
「オミ、何やってんだ? さわちゃんと一緒に」
「それが……」
 正直な話、俺自身ワケがわかっていない。
「どうしたんだよ? さわちゃん」
 そんな空気を察したのか、律先輩はそう問いかけたのだが、当の山中先生は『どよーん』とした空気を醸し出したまま、「お茶とお菓子が足りないのよー」と訴えかけてきた。
「なんで最近、お茶会しないのよぅ!?」
 終いには、そんな戯言まで言う始末だ。
「試験前だからでしょ」
 だから、そう諭す。
(ってか、何で俺が教師に諭してんだよ……)
「それがどうしたの?」
 しかし山中先生の戯言は続く。
「いや……、だから、試験前は部活動禁止だから部室も使用禁止じゃないか!」
 律先輩が更に補足をする。
「そんな規則と私、どっちが大事なの?」
 だけど戯言は止まらない。

「そりゃ規則だろ!」
「そりゃ規則だろ!」

 あまりにもな戯言に、そして遂には、俺と律先輩の叫びがシンクロした。
 だけど……。
 しかし……。
 それから十分後……。
 何故か立ち入り禁止なはずの部室の中で、紅茶を飲み、至福の表情で恍惚に溺れる山中先生の姿があった。
(って……、何でこうなるんだよ……)
 俺の視線から胸中を察したのか、律先輩も苦笑いを浮かべる。
「はぁー、生き返るわー」
 ついさっきまで『どよーん』とした空気に包まれていた山中先生の周りには、今や『ほんわー』とした空気が漂っている。
「何て幸せそうな顔……」
 頬杖をつく澪先輩は、少し呆れた顔で口角を上げる。
「あの……、本当に勝手に部室を使って大丈夫なんでしょうか……?」
 何故、今日、用意されてあったのか不明だが、更にケーキを差し出しながら、ムギ先輩も心配そうに、そう訊ねた。
「大丈夫! 大丈夫! バレなきゃいいのよー」
 だが、その返答は、どう考えても教師にあるまじき言葉……。
「本当にいいんですか? 律先輩……」
「まあ、とにかく他の先生が来ないうちに、さっさと終わらせるしかないだろうな」
「さすがに見られたらマズイですよね……?」
「でも……。いくら何でもバレた時には、さわちゃんが上手くフォローしてくれるだろ……」
「本当に……?」
「たぶん……」
(っていうか、フォローするのは、むしろ俺たちのほうになるんじゃあ……)

「コラーッ! おまえら何をやってる!!」

「来たー!」
「来たー!」

 突然の怒号に、またしても律先輩と声がハモる。
 見ると、物凄い剣幕の……堀込先生だ。
「律先輩……」
 小声で律先輩に振るが、律先輩は山中先生へと目配せを送る。その合図に気がついたのか、山中先生はすっくと立ち上がり、そして……、
「試験前なのに部室を使っていたので注意してました!」
 眼鏡の端をクイッと持ち上げ、そうほざいた。
 つまりは……、
(俺たちを売りやがった!)
 ということだ。
 律先輩の「おいーっ!!」というツッコミが虚しく響く。
「口の周りにクリームをつけて、フォーク片手にそんなことを言っても説得力ないぞ!」
 しかし堀込先生は、努めて冷静にそう指摘した。
 さすがの山中先生も、「あっ……」と声を漏らす。
 そして堀込先生は、やはり冷静に、今度は律先輩に、
「おまえらも、こいつが顧問で大変だろうが、ちゃんと面倒見てやってくれ」
 と言い残し、帰って行った。
「何かこの流れって……」
 俺がそう呟けば、
「もしかして……」
 澪先輩が、それに続く。
「すでに……?」
 そしてムギ先輩の疑問を、
「さわちゃんの猫っかぶりって、もう皆にバレてるの……?」
 律先輩が、当の本人へと投げかけた。
 だが、その問いかけに返ってきた答えは、
「あの先生は、私が学生時代も先生だったのよ……。しかも三年生の時は担任だったし……」
 と、何とも自業自得な言葉だった。
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