Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜
□#9 そこにある想い
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「見て見てー! オミくーん!」
翌日、放課後は久しぶりの部活だ。
たかだか十日ぶりなのに、長らく部室には来ていない気がする。いや、厳密に言えば、試験の前日に山中先生の策略で来たわけだから、実際は五日ぶりだが……。
しかし、己の運のなさを呪いたくなるかのように、こんな日にかぎり例の如く掃除当番だった。
なので暫し遅れて部室へと入ったのだが、中に入るや開口一番、唯先輩からそう言われ、「はいはい」と返事をしながら、机の上に広げられた紙に目をやった。
「どう?」
と、まあ、唯先輩はドヤ顔でそれらを呈示する。
見ると、それは返却された答案用紙……そのどれもが八十点以上の高得点だった。
「凄いじゃないですか!」
「へへへー。オミくん、もっと褒めてー」
途端に唯先輩はデレデレとした表情になる。
「ノートに梓先輩の落書きをした甲斐がありましたね!」
だからそう、少しだけ意地悪を言ってみた。
「はうっ! それは言わない約束……」
「なっ! それは関係ないでしょ!」
今度は梓先輩にまでツッコまれた。
「おまえら何やってんだよ……」
律先輩の呆れた声も聞こえてくる。
(“ら”って、俺も入ってんのかよ……)
「ところでオミのほうは、どうだったの? 一年生も今日返ってきたんでしょ? 答案用紙」
「はい!」
そして今度は、俺が自分の答案用紙を机に並べて見せた。
結果はというと…。
得意の現国と化学は九十点台。苦手の数学は七十八点。同じく物理は八十点。他の教科も軒並み八十点台……と、予想以上の高得点のオンパレードだった。
「あっ、ちなみに、一応全教科平均点以上は取れてましたよ!」
そう付け加えると、梓先輩の表情も満面にほころぶ。
「凄いじゃない、オミ! これで目標達成だね!」
「はい!」
梓先輩の言葉に、再び実感が込み上げてきた。
「あ……、あの……、それで……、ですね……」
「何?」
試験が終わったら、きちんと言おうとしていたことがある。
「梓先輩、この前はすみませんでした!」
それはお詫びの言葉。
「えっ!? なっ! 何?」
状況を理解できないのか、梓先輩は狼狽えるばかりだが……。
「梓先輩がウチで『唯先輩が演芸大会に出る』って話をした日のことです。梓先輩、俺のために毎日勉強に付き合ってくれていたのに、俺、勝手に拗ねちゃって。『俺のせいで唯先輩に協力できないんでしょ』みたいなことを言っちゃって」
「それはもう……。それに結局は一緒に出場したわけだし」
梓先輩はそう言うと、照れたように俯いた。
「けど、ちゃんと謝っておきたくて……」
そしてもう一度、俺は頭を下げた。
「いいんだよ! うん! 本当にもういいんだってば!」
梓先輩は少し紅潮した顔を上げると、慌てたように身振りを交えてそう言ってくれた。
「俺が謝りたかっただけですから……」
だから最後にそう付け加えると、梓先輩も今度は「うん」とだけ言って頷いた。
「でも、唯ちゃんと梓ちゃんのユニットも素敵だったわー」
空気を変えるかのように、ムギ先輩が言葉を挟む。
すると、それに合わせるように、次にはもう、どんなユニットを組みたいか……という話題で、先輩たちは盛り上がり始めた。
この切り替えの速さが、軽音部らしいのかもしれないが……。
「私も演芸大会に出場したかったなー」
ムギ先輩の言葉に、唯先輩が、
「じゃあ今度は“ゆいムギ”で!」
と答える。
唯先輩とムギ先輩のユニット。
(ツッコミがいねえ……)
「“りつみお”でどうだ?」
キリッとした男前な表情で澪先輩に申し出た律先輩だったが、
「“ゆいムギ”“みおあず”が良い」
と、澪先輩からは事もなげに返されてしまった。
澪先輩と梓先輩のユニット。
(今度はツッコミだけでボケがいねえ…って、べつにボケなくてもいいのか!?)
断られたことに納得できないのか、律先輩は変わらず“りっちゃんみおちゃん”とか“和三盆’S”とか、澪先輩に振っている。
律先輩と澪先輩のユニット。
(それじゃあ、いつもどおりだな)
この二人の掛け合いだけは、何故だか容易に想像できそうだ。
「オミくんなら、誰とユニットを組んでみたい?」
突然、ムギ先輩がそう爆弾を投下してきた。
「ええーっ! 俺ですかー!?」
正直、誰を選んでも、角が立ちそうな気がしてならない。
「オミくん! やっぱり“ゆいオミ”だよね!? 先輩が胸を貸してあげる!」
「えっ!?」
唯先輩とのユニット……。
(果たして俺に、梓先輩ばりのツッコミは務まるのだろうか……?)
「いや! ここは“みおオミ”が良いんじゃないか? 反対から読んでも同じだし!」
「回文は関係ないんじゃあ……?」
澪先輩とのユニット……。
(まあでも、ボーカルができる人と組めるのは強いよな)
「いやいやいやいや! オミには“りつオミ”だろ! 私、部長だし!」
「部長こそ関係ないし!」
律先輩とのユニット……。
(澪先輩みたいな鉄拳制裁は、俺には無理だぞ……)
「ねえ、オミくん。キーボーディスト同士で“ムギオミ”っていうのはどうかな?」
「ツイン・キーボードで……」
ムギ先輩とのユニット……。
(これは意外にアリなのかもな)
「ねえ、オミ。結局最後に『やっぱり俺にとっては、放課後ティータイムで演奏することが一番ですー』みたいな“お約束”はナシだからね!」
「ええっ!?」
どうやら梓先輩からは、見透かされているようだ。
「ゆいオミだよね!」
「みおオミだよな!」
「りつオミだよー!」
「ムギオミよねー!」
「……、あずオミでも……、いいよ……」
五人は口々にそう言うと、グイッと迫ってきた。
笑顔から繰り出されるプレッシャーが俺を襲う。
「さあ! 誰がいい?」
「さあ! 誰がいい?」
「さあ! 誰がいい?」
「さあ! 誰がいい?」
「さあ! 誰がいい?」
そして声を揃えて、遂には“ファイナル・アンサー”を求めてきた。
「じゃっ、じゃあ……」
唯先輩と目が合う。自信満々な表情だ。
澪先輩と目が合う。訴えかけるような顔をしている。
律先輩と目が合う。両手を広げ、満面の笑みだ。
ムギ先輩と目が合う。これでもかというくらい瞳が輝いていた。
そして、梓先輩と目が……。
梓先輩と目が……。
梓先輩と目が……合わない。
梓先輩は伏し目がちで、だけどそれが余計に何かを訴えかけてきた。
目を閉じて、天を仰ぐ。そして、深く息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出す。
目を開けて、再び先輩たちの顔を見回すと、意を決して……ぽつりと呟いた。
「じゃっ、じゃあ……、俺は…」
ごくりと唾を飲み込み、そして……、
「“あずオミ”で……」
それが今の俺の精一杯だった。
「まあ! オミくんは梓ちゃんと組みたいのかー」
ムギ先輩が途端に嬉しそうな声を上げる。
唯先輩も、律先輩も、澪先輩も、「そうか、そうか」と冷やかすように俺と梓先輩を交互に見回した。
「なっ、何で私とー?」
梓先輩からは、信じられないとでもいうような言葉が届く。
「そりゃー、やっぱり、断ったら一番怖そうだしー」
「なっ! オミ!」
真っ赤になって、そう叫ぶ梓先輩は、やっといつもの梓先輩のように見えて……。
その言葉に声を上げて笑う先輩たちには聞こえないように、梓先輩の耳元で俺は、だから小さく、本当に小さく囁いた。
「それに、梓先輩を一人占めしたくなっちゃったから……」
笑った俺に、ちょっぴり頬を赤らめた梓先輩は、だけどすぐに、
「もう! バカオミ!」
と、またいつもの調子で……笑った。
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