Tomorrow is another day〜Another K-ON!〜


□#23 サプライズ……
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 我が家は基本的に、朝食は和食だ。ご飯と味噌汁と漬け物……これは欠かさない。その他にも、塩鮭や納豆、玉子焼きや目玉焼き、海苔など。
 だけど今朝は……。
「何事だよ!? これ……」
 朝だというのに、テーブルの上には絢爛豪華な朝食が所狭しと並んでいる。
 オムレツにサラダはまだ良いとして、焼いたベーコンやソーセージ、ホットケーキにフレンチトースト、クリームシチューにマッシュポテト、果てはシーフードグラタンやパエリアまで……。
(パーティーか!? ホテルか!? それとも結婚披露宴か!?)
「何言ってんの! 孝臣」
 そう言いながら、呆れた表情でリビングへと現れた姉さんの手には、フルーツの盛り合わせまであった。
「何言ってんの……って、だって朝からこんなご馳走……」
「全部あんたのために決まってるでしょ!」
「俺のため……?」
「そう! 孝臣のため!」
(何かあったっけ……?)
「ホント、鈍感なんだから。学園祭よ! 学園祭!」
「学園祭って……」
 子供が学園祭だからといって、朝食を絢爛豪華にする家庭がどこにあるだろうか……?
「あんた、今日の劇で役を貰ってるんでしょ」
「役って言っても悪役だぜ。しかもラスボスだから、最後にちょこっと出て来て、すぐにやられておしまいだし……」
「カッパ……何だっけ?」
「カッパ大王だよ! カッパ大王! っていうか、大王のほうを忘れんなよ!」
 朝からそんなやりとりを姉さんとしてみたものの、だけど本心はその意図がわかるが故に少々照れ臭かったりする……。
 何せ俺は、幼い頃から劇といえば、貰ってくる役はセリフどころか役名すらないエキストラみたいなものばかりだったのだから……。
 だから今回みたいな、役名もセリフもある役など人生初であり、たとえそれが最後の最後にやっと出て来て、ものの一分足らずでやられてしまうものだとしても、家族にとっては嬉しいらしい。
「だいたい大袈裟すぎるんだよ……」
 それでも俺は、やはり照れ隠しに、そう呟いてしまうのだが……。
「そんな強がり言っちゃってー。素直じゃないなー」
 そう言って笑う姉さんから、だから俺は顔を背けてしまった……。


 十月某日。
 桜が丘高等学校学園祭……通称“桜高祭”が、今日と明日の二日にかけて行われる。
 そして我が一年五組は、今日の八時半から講堂にて、クラス発表劇“スーパー・マリコ・シスターズ”を上演する。
 つまりは、講堂を使用するクラス発表では、正に一番手を担っていた。
 今日のために、クラス一丸となって準備を進めてきたのだ。悔いの残らない結果を残したいと思うのが当然というものだろう。
 緊張のあまり一睡もできなかった……なんてことはないが、それでもいつもより眠りが浅かったように感じるのは、やはり少なからず緊張していたのかもしれない。
 しかし緊張はするものだ。
 だけど、今まで一生懸命に努力を積み重ねてきたと自負していればいる程、その緊張も集中力へと繋がっていく。神経が研ぎ澄まされるような感覚は、何度味わっても心地好いものだ。


「うっし!」
 小さく呟くように気合いを入れてみる。
「さあ、孝臣。たくさん食べな!」
「そうだね。じゃあ、温かいうちに……」
 姉さんにそう答え、オムレツをスプーンですくうと、それを口へ運んだ。
 旨味たっぷりの挽き肉と甘い玉葱が、トロトロの玉子と混ざり、実に美味い。
「今日はすまんなー、孝臣。けど、明日は必ず行くからな!」
 俺の向かいに座り、同じように朝食を摂る父さんがそう言うと、キッチンからは母さんも、
「明日のライブは三人で観に行くからねー」
 と、言葉を続ける。
 まあ、俺としては来ても来なくてもいいのだが……劇は観に行けないが、その代わりライブは家族で観に行くということは以前から聞かされていたことなので、ここは短く「ああ」とだけ答えることにした。
「『ああ』って……。気のない返事だなー。もっと喜ぶなり寂しがるなりできないもんかねー」
 俺の隣に腰を下ろした姉さんは、グラスに自分の牛乳と俺のヨーグルトを注ぎながら、呆れたように、だけど少しからかい気味な表情を浮かべている。
 ちなみに俺は、牛乳は嫌いなので飲まない……。
「小学生の発表会じゃあるまいし……」
「高校生の発表会も似たようなもんでしょ」
「すぐ姉さんはそうやって、俺を子供扱いしたがるんだから……」
「はいはい」
 今度ははっきりとからかうような表情を浮かべ、グラスの牛乳を口に含む姉さんを横目に、その姉さんの返事に『ふぅ』と一つ、溜め息を吐くと、俺もまたヨーグルトを口に含んだ。



 午前七時半。
 全員集合している教室は、本番一時間前ということもあり、慌ただしさも増している。その喧騒をドア越しに聞きながら、腕時計を確認する。
 講堂への移動は三十分前からできるのだが、セットや大道具、小道具などは皆で手分けして運ぶことになるので、俺たち出演者は、可能なかぎり教室で衣装に着替えることになっていた。しかし俺が他の女子生徒たちと同じ部屋で着替えるわけにはいかず、一人、部室で着替えをしてきたのだ。
 その他の出演者の着替えは七時半までに終わらせておくので、それ以降戻ってくるようにとの佐久間からの指示に従い、故に今、教室の前で腕時計を確認し、ドアをノックした。
 ちなみに今の俺の衣装はといえば、カッパ大王という役名どおりの緑のタイツ姿……を想像していたが、様々な装甲を模したデザインとなっており、それはまるでヒーロー番組の悪役に登場しそうな程、意外なくらいカッコ良かった。何せ、部室から教室まで階段を降りてくる中、時折すれ違う女子生徒たちの視線が集まるくらいで、正直……それは、気持ち良さすら感じる程だった。
「なかなか似合ってるじゃん!」
 俺のノックに反応し、ドアを開けてくれた佐久間が、開口一番そう言った。頭の天辺から足の爪先まで視線を移しながら……。
「悪役の衣装が似合ってるって言われてもな……」
「まあまあ。これでも一応、誉めてるんだけどなー」
 だけど、そう言って笑う佐久間の顔は、やはりどこかからかい気味で、それは今朝の姉さんと同じ表情をしていた。
「けど、そう言う佐久間だって、似合ってるんじゃねえか? その衣装」
 ちなみに佐久間は、役柄どおりお姫様の衣装に身を包んでいる。
「でっしょー! やっぱさー、どれだけ普段隠していてもさー、こういう衣装を着ちゃうと滲み出ちゃうものなんだよねー」
「滲み出る……って何が?」
「気品!」
「…………」
「…………」
「…………」
「何故そこで黙る!?」
「…………、言葉を失った……」
「もう! いぬいっち!」
 普段と変わらないやり取りに、二人でいつものように笑い合う。そんな空気に、心なしか緊張も和らいでいくように感じた。
「さあ! それじゃあ、皆! 最終確認して!」
 演出担当の沢渡真理子の号令で、銘々が最後のチェックに取りかかる。
 さしあたって衣装に着替え終わった俺のやるべきことは……。
(武器のチェックだな)
 俺が演じるカッパ大王の武器……自分の身体くらいの大きさがある超特大ハンマーだ。そのあまりの出来映えに、小道具係の本気を感じる。
「やけに丹念に見てるんだねー」
 その後ろから声をかけてきたのは、まあ、やっぱり佐久間だった。
「まあな。ある意味、一番の見せ場だし……」
「確かにねー。ある意味、“一番の”見せ場だよねー」
「何が言いたい……?」
「べっつにー。ただ、いぬいっちが意外なくらい本気になってるからさ」
「本気……ねえ」
「何?」
「いや、何でもねえ……」
 自分でも『らしくない』と思う。
 今までの俺なら、ただ傍観していただろう。
 俺は、決してクラスの中心にいるようなタイプではない。鶏の頭ではなく、牛の尻尾……それが今までの俺の立ち位置だった。少なくとも、バスケ以外では……。
 佐久間が『意外なくらい本気』と言ったのも、学園祭の劇に本気になるようなイメージを、俺に対しては抱いていなかったということだろう。もっとも、それは俺自身も同じだったりするのだけれど……。
 つまりは、こんなに本気になっている自分に、自分自身も驚いている……ということだ。
 だとすればきっと、周りのクラスメイトたちのテンションに、いつの間にか感化されているのかもしれない。
 それでも、そんな自分ですら、結構悪くないなんて思っているのだから、それ自体がまさに“意外”だ。
 最終確認を行いながら、佐久間とダベっているうちに、いつの間にか時計の針は間もなく八時を差そうとしていた。
 講堂までの道程を考えると、そろそろ移動を開始したほうが良いだろう。
 出演者は各々の小道具を、裏方陣はセットなどの大物を、それぞれが手にし、俺たちは教室を後にした。
「ねえ、いぬいっち。緊張してる?」
 俺の隣を並ぶように歩く佐久間にそう訊かれた。
「まあな。けど……」
「けど……?」
「けど、この緊張は悪くない」
 だから、そう言葉を返す。
「悪くないって……何それ?」
 佐久間の表情が、不思議そうなそれに変わった。
「必要な緊張ってことだ」
「必要……ねえ」
「何が言いたい……?」
「んー。やっぱり今日のいぬいっちは、意外なくらい本気だなって」
「結局はそこか……」
 わざと呆れたような表情で佐久間に視線を向けてみれば、まるで『えへへ』とでも笑うような表情を佐久間に返され、思わず上がった口角を誤魔化すように、俺は慌てて視線を逸らした。



『お待たせいたしました。それではただ今から、一年五組のクラス発表を上演いたします』
 午前八時半ジャスト。
 幕の降りたステージ中央で、生徒会長の和先輩が進行を行っている。
いよいよ本番だ。
「さあ、皆! 集まって!」
 沢渡の号令に呼応するかのように、クラスメイトがそれぞれ沢渡を中心に輪を作る。
「今までいっぱいいっぱい練習してきたよね! 後一回! 後たったの一回だけだから、今までで一番良いものにしよう!」
 そしてそんな沢渡の言葉に、銘々が頷いた。
 泣いても笑っても、後たったの一回……。
「ねえねえ、皆で円陣を組もうよ!」
 脚本担当の大須賀の提案に、再び皆も頷いてみせる。
 右手を前に差し出した大須賀に続くように沢渡が右手を重ねると、自然と輪が出来上がっていく。
 主役の日比野が、ヒロインの佐久間が、そして他のキャストも……。
 いや、キャストだけではない。円陣の輪に入れなかった者たちも、その輪を囲むように更に大きな輪を作る。
「ほら! いぬいっち!」
 その外側の大きいほうの輪にいた俺に佐久間が声をかけながら、手招きをする。
「ラスボスはここだよ! ここ!」
 そして佐久間はそう言うと、隣にいた日比野との間を意識的に開け、尚も手招きを続けていた。
「そうだよ、乾くん! ラスボスがこんな端っこにいたらダメだよ」
「はいはい! いったいった!」
 クラスメイトたちからも背中を押され、遂には内側の輪……円陣の中へと辿り着いた。
「ほら、いぬいっち! 手! 手!」
 佐久間に促されるがまま、佐久間の右手に右手を重ねる。更に俺の右手の上には、日比野が右手を重ね、円陣は完成した。
「まずは自分が楽しむこと!」
 大須賀の言葉に、皆が頷く。
「今日を“一番”にしよう!」
 佐久間の言葉にも、頷く。
「私たちの本気を見せてやろう!」
 そして、日比野の言葉にも……。
「ほら、いぬいっちも何か言ってよ」
「えっ!?」
「そうそう! 乾くんもバシッと決めてよ!」
「おいっ!?」
 左右から、佐久間と日比野に煽られて狼狽えてしまったが、周りを見渡せば、俺も何か言わなくてはならない雰囲気となっているのは明白だった。
「はあー」と小さく息を吐き、目線を上げると周りを見回す。
 クラスメイトたちの顔が順番に視界に入り、そして一息に、俺は今の本音を言葉として紡いだ。
「俺たちならできる! 俺たちだからできる!」
 一気にそう捲し立てると、『おおー!』と皆が声を上げた。
 一体感。
 まさに今、一年五組四十名の気持ちが一つになった……と、感じた瞬間だった。


『それでは開演いたします』
 和先輩の言葉を合図に幕が上がる。
 その幕が上がりきると、主役の日比野がステージに上がり、俺たちの劇は始まった。
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