novel
□あの日、会った君。
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ザァァァァ……
「…雨」
銭湯から出てきた少女は、ねずみ色の空を見上げながら小さく呟いた。
『あの日、会った君。』
彼女の名前は凪。家で、自分の事で両親が喧嘩している声が部屋にいても聞こえてきた彼女は、午後2時頃ふらりと家を出、行きつけの銭湯へと向かった。
その時は晴れていた空だったが、いざ出てくると雨が音を立てて降っていたのだった。
(どうしよう…傘…持って来てない)
風呂上がりに雨の中を傘もささずに走れば、風邪をひくのは必須。
しかし、ここで雨が止むのを待っているのも結局は同じ事。少女が家へ帰ろうかと足を進めかけたところだった。
「ねぇ君、何してるの?」
突然、凪の肩にスッと手が置かれた。
「!? やっ…!」
パシッ!
人に触れられる事に慣れていなかった凪は、その人の手を思いっきり叩いてしまった。
「…」
無言で叩かれた手を見つめる少年。
「あ…」
気まずい空気があたりに漂う。
「ご…ごめん…なさ…」
スッ、といきなり、凪の頭上に傘が差し出された。
「君、傘が無いんだろ?入ってかないと、風邪ひくよ」
見知らぬ少女に手を叩かれたというのに、怒る様子も無く凪に傘を差し出したこれまた見知らぬ少年。
その少年は漆黒の学ランに身を包み、左腕には『風紀』と書かれた腕章が輝いていた。
「え…と…ありがとう…」
「家はどこ?」
「あっち…」
歩き出してはみたものの、知らない人に傘を差し出され、相合い傘をしながら歩いている。その状況に凪は困惑していた。
そんな凪とは裏腹に、少年は色々な質問をしてきた。
「ねぇ、君。どこの中学校なの?」
「…〇〇中…」
「ふぅん…何年生?」
「1年……」
「…………っ…」
心臓が高鳴る。人とまともに話したのも、いつぶりだろうか。
混乱は、微かな喜びに変わっていった。
ただ、一人の人間として自分を見てくれている事が嬉しかった。
「あ…貴方…は…?」
「!…やっと、君から口を利いたね」
「…え…」
元々赤い頬に、更に淡い赤みが増した。
「僕は並中…並盛中学校だよ」
そう少年が言った所で、彼の足は止まった。
「ここかい?君の家は」
「あ…うん…」
「じゃあね」
傘を凪に渡し、足早に去っていく少年。
「!…待って!」
凪が初めて大きい声を出したことに驚いたのか、少年が呆けたような表情で振り返った。
「あ…の…」
「あ…ありがとう!!!」
「……っ」
こちらも頬を赤らめ、少年はさっきより速いスピードで走っていった。
「…ありがとう…」
凪の心には、数年ぶりに温かな感情が灯っていた。
運命なのか、この二人はもう一度出会うことになるのだが―
それはまた、別のお話。