novel

□壊れたぬいぐるみ 1
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不規則なノイズと明滅が交錯する照明の下で、モノクロのゴシック・ファッションを纏った中性的な顔立ちの少年は座り込んでぼうっと空を見つめていた。いや、正確には彼の焦点はその部屋の中にある何にも合っていないのだけれど。

しばらく何も口にしていなかった。でも何一つ気にならなかった。
曇った鏡に映る人間は、窪みが出来ている目の周り、枯れ草みたいな髪、皺が寄った洋服。幽霊だって、きっともっとマシな格好で出てくる。

「! ぅ、ぐ…」

その瞬間、目が開いてるにも関わらず、視界いっぱいに広がる白く四角い部屋。
目の前の簡素なパイプベッドに横たわる女の顔は被せられた薄っぺらな白い布で完全に隠れている。けれども、布の上から分かるわずかな突起が示す整った鼻や小さな口の位置は、ソレが誰であるかということを気持ち悪いほどに瞬時に、そしてはっきりと自分に理解させた。そうして、ーーーー

「う………ん、ぐぅぅぅ、ぅ、げえっ……」

急速にせり上がってくるものは洗面台に向かう間も与えず、たまらずその場で床に嘔吐する。

「ハァッ、はっ、ッ、ゆ、ぅ、ぁ、ぁ…?
……がッ、ゲホッ、ゴポ、…お゛ぇっ……ゴフ、ぁ、ぐ………」

涙と吐瀉物で端正な顔を歪めて、なお彼はもがくように苦しみ続ける。胸と胃の不快感は収まることを知らず、自分自身を締め上げるように激しく渦巻いている。

「ガハッ!ケホ、ゲホゲホゲホゲホ、ッ……ぅぅぅ、ふ、ぅぅ、…………ぐ、ぅ、ぐぇぇ、」

咳を押し殺し必死に整えようとした呼吸は襲いかかってくる強い吐き気で再び乱れ始めた。ビチャビチャ、と床から跳ねる大量の吐瀉物が真っ白なカットソーにあしらわれたふんわりとしたレースをみるみるうちに汚していく。その後も、彼はのたくりながら床の染みを広げ続けた。吐くものが胃液しか無くなっても。
終わりの見えない、繰り返される嘔吐と咳に体力を奪われたことにより彼の全身を包む強い倦怠感。自分の喉から出たものとは思えぬほど醜い音も、汚く濡れた服も、口の端から顎や喉を伝って服の中に入っていくドロドロとした生温かさも、床に広がっていく溜りも、ぜんぶ、どうでもよかった。体力も、精神も、限界、なんてものはとうに超えていた。それでも、死ぬ気にも生きる気にもならない。

あの日から、彼の、周圭斗の全部は壊れてしまっていた。

おぼつかない足取りで幾度も左右に揺れ、やっとの思いで近づいた灰色の壁に付けた手のひらを、ゆっくりと上の方に這わせていく。一枚の写真を震えが止まらない五本の指で撫でようとする。

「は、あはは、は………バカ、みたい」

紅い瞳で笑う彼は、何を嘲っているのだろう。その対象には焦点が合っているのだろうか。いや、きっと、全てがぼやけたままだった。

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