novel

□もう一度会えたなら 5
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全てを諦観している、やけに無気力な声だった。その裏側にある気持ちを、オレは既に知っている。なのに、どうすることもできない。

「泣かないでください、センパイ」
「泣いてなんか…ねーよっ」

いつもの調子で憐れむように軽口を叩くフランにナイフを投擲する。易々と透過したそれは滑るように丘の下へと落ちていった。その様子を眺めている目は、至って普段と同じ波のない静かな翠色だ。それが本当に、あまりにも見慣れているものだったから、胸が締め付けられるように苦しくなった。ナイフの行方から目を離したフランと目が合う。オレがどんな顔をしていたのか分からなかったけれど、フランは呆れたようなため息混じりの声で呟いた。

「やれやれ、しょうがない堕王子ですねー。ミーも最後くらいデレてやりますかー」

そして、真っ直ぐにオレの方を見つめる。何時になく、真剣な顔をしていた。目を背けたくなるぐらいに。ゆったりとした風に揺れる襟と髪が、一定間隔で頬に擦れる。

「…ベルセンパイ、昨日はすみませんでしたー。確かにセンパイ達も悲しませたりしたくなかったんですけどー…。うーん、それ以上に…もう思い出作りたくなかったんですよー。ミーの中にも、センパイの中にも」

予想外の言葉に、心臓が、きつく縛り付けられているみたいにキリキリと痛む。何も言えないオレを見据えながら、フランは淡々と続ける。

「…でもミー、いざ消えるってなったら、やっぱりベルセンパイに会いたいなー、なんて思っちゃったんですよね。…我儘ですけど。だから、ミーを見つけてくれてとっても嬉しかったんですー。で、やっと気付いたんですよー」

フランの表情が一瞬、ほんの少しだけ綻ぶ。ただでさえ造形の整った想い人の、柔らかな笑顔を目にして思わず胸が飛び跳ねた。

「…ベルセンパイに会うこと。それが、きっとミーの、」

言いかけた時ー侵食は頭からも始まった。

「やだっ…待てよフラン!!!」

俺の手が掻き消しているかのように、フランはどんどん薄くなっていく。笑みも涙も全てを自分の中に沈めたような顔をしていた。口は感情を零さないようにしっかりと結ばれて、目にはうってかわった無機質な冷たさを宿した光が少しだけちらついて。こんな顔をしたまま、こいつに消えてほしくない。

「お前にっ……ありがとうなんて言われたくねぇんだよ!!!」

レヴィより馬鹿で無様に叫ぶ。
まだ言ってないことがあった。一番大事なこと。オレは、フランのことが好きだ。好きで好きでどうしようもない。誰よりも愛している。その気持ちは今にも溢れそうなのに、好きって言葉にしようとするとつっかえる自分が、本当に腹立たしい。

「…じゃあ、ちゃんと約束しましょうよー、ベルセンパイ」

するとフランが機械じみていた表情を取り払い、悪戯っぽく口の端を上げてスッと右手の小指を出してきた。

「やく、そく……?」

オレがガキみたいに拙く繰り返す言葉を聞いて、少し口元を綻ばせながら、フランは重ねる。

「はい。約束ですー。ほら、昨日言ってくれたじゃないですかー。もし、次の世界でまた会えたら………絶対、思い出すって。ヴァリアーとか、黒曜とか、そんなの関係ありませんよー。ミーはずっと『フラン』で、センパイは『センパイ』です」

飄々と言うフラン。でも、言葉の端々には不可能にも似たことに立ち向かう確かな意志と覚悟があった。

「センパイはセンパイってなんだよ…。分かった。約束、な」

今にも零れそうになっている涙を意地でこらえ、いつもの笑顔を作り、半透明の小指に手を伸ばす。
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