novel

□黒曜記念日
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「…犬?」 
「……」



塗装が剥がれ、灰色のコンクリートがむき出しになった床。ひび割れが目立つくすんだ壁。獣の爪や牙で引き裂かれたようなボロボロのカーテン。


そんな廃墟のような寂れた建物の中。そこで、二人の少年少女がぼうっと立ち尽くしていた。少年の方はかなり不機嫌そうで、もともとの吊り目が更に際立っている。


「犬…」 
「だーーーっ!!うっせーーっつーーの!!話しかけんな!!!」

ムスッとしていた少年が声を張り上げ、少女は伸ばしかけた手をピタリと止めてそろそろ…ともう片方の手に添える。

「…ごめん……でも、千種…どこ?」
「知るかっメガネカッパの事なんて!!あんな奴どこにでも行っちゃえばいーんら!!」 
「……あ」 

少女ークロームが、床に落ちていた何かをひょいっと拾う。  

「あ?なんらよ!!」
「これ…」 

クロームが、"何か"を少年―犬にさし出した。 

「ん?なんらこれ…って…」


どこかで拾ってきたかのようなカーキ色の紙切れ。その端には妙に整った字で、

 『今週分の食糧と帽子を買ってくる。夕方までには帰るから…』

と、書いてあった。

 「…は?」
 「千種…買い物に行っちゃった……」 
「ふ…」 
「え?」

「ふざけんなーーーーっ!!何れオレがこんなブス女と二人きりで夕方までいなきゃいけないびょーーーん!!!ワケわかんねーーびょん!!つか柿ピー帽子ってふざけてんのかーーっ!!大体お前なんて骸さんが帰ってきたらなぁっ…」
「……ゴメン」

 しゅんとして、下を向いてしまったクローム。

「あ…………やっ……べっ…別にぃ…」

謝ろうとするが、言葉が見つからない。

 (なんでらろーなぁ…別に、こんな事言おうと思ってる訳じゃないのに…というか、そんなに嫌いじゃ…) 
「えと……犬?」

戸惑うような声をかけられ、ずっとクロームを見ていた自分に気付きハッとする。

「う…うるへー!!話しかけんなっ!」


…自分でも、気付かない内に彼女の事を見つめている。そう、いつも、いつも。なのに、口を開けば出てくるのは文句ばかり。


 誰も信用できなくなる程の過去を背負った自分が、数ヶ月前に出会ったばかりのクロームに惹かれている事になんて、気付きたくなかった。だけどー


(いや…やっぱそんなわけねーびょん!こいつに限って!) 

いつも頭に浮かぶ問いかけを無理やりに押し潰す。その結果が、この態度。


 素直になれない。犬は、俗に言う"ツンデレ"であった。


「犬……あの…」

急にクロームが、何か言いたそうに両手をもじもじとする。
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