竜の丘

□第四章
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第四章 結界


森の入り口に差し掛かるまでは、目立ったことは何もなかった。
すっかり真上に上がった太陽に、彼等は持参してきた軽食を広げる。
一向は他愛もない話をしながら腹ごしらえをした。

頬を撫でる風は心地よく、森も入り口から見る限りは何ということはなく平和そうに見えた。



森へ立ち入って暫く、最初の異変に気が付いたのはハジメであった。

「何も聞こえぬ」
ぽつりと言った彼の言葉に、隣を歩いていたヘースケがへっ?と聞き返した。

「鳥獣たちの声がしない」
表情変えぬままハジメが呟く。

そう言えば、と彼等は改めて辺りを見回した。
先程まで当たり前に響いていた色んな声が、音が、いつの間にかなくなっていた。
ザワッと皆の間に不快な緊張が走る。

とりあえずは歩みを進めるも、最早誰も軽口を叩き合うような気分ではなかった。

「あ」
居心地の悪いその沈黙を破ったのは、先頭を歩くソージの声。

「な・・・っ、なんだよこれ」
「こりゃまた、大掛かりだな」
彼の元へ駆け寄った彼等が見たものは、まるで行く手を阻むかのように横向きに生い茂っている大木であった。

空へと延びた枝々は彼等の頭上遥か上までその手を伸ばし、横周りしようにも蔦が絡み合い、その先へ立ち入るすべてのものを拒否しているかのようで。
とは言え、ここまで来て早速引き返すという訳にも行かず、結局、無理にでもよじ登って乗り越えるしかないように思えた。

彼等は、最初の難関を突破するのに必死だった。
それ故に、すぐ近くで葉が不自然に揺れたのに気が付かないでいた。
その揺れた葉の影から、小さな光が一つ飛び立ったのにも。

とにかく、何とか彼等は力を合わせてその障害を乗り越えるのに成功した。

一番貢献したのはシンパッチだったであろう。
彼は鍛え上げた腕力を惜しみなく使い、先頭に立って枝を掻き分け、仲間たちに手を貸し、時には押し上げ、登っては降り登っては降り。
特に小柄なヘースケやハジメ、華奢なソージなんかは殆ど担ぎ上げられて乗り越えたようなものだった。

何度も樹木の周りを行き来した彼の身体には、いつの間にか所々に苔のようなものがびっしりくっついていた。

「なんだこりゃ、なんかへばりついちまったみたいだな」
最初こそ剥がそうとしていたシンパッチだったが、面倒そうだと分かるとさっさと諦めた。
確かに多少それらが服に付いていたところで、何かに支障があるとは誰も思わず、気に留める者もいなかった。

彼らが『その意味』に気付くのはもう少し後の話―――。




「おい、見ろよ」
しんがりを歩くサノが後方を顎で指す。
皆が振り返ると、先ほど掻き分け乗り越えたはずの枝々が、まるで生きているかのようにまた腕を絡ませていたところだった。

「気味悪いぜ」
シンパッチが大柄の身体を縮めるようにして呟く。

「まるでこの先にある何かを護っていたようだよね」
ソージの言葉に、皆の視線が自然に森の奥へと集まった。
「僕達、本当に入ってきて良かったのかな」
独白とも取れる彼の言葉に、皆は思わず息を呑む。

森へ入った時から、まだそう時間は経っていないはずなのに、いつの間にか辺りは薄暗く、空気さえもひんやりと頬を舐めるようで、ヘースケも思わず背筋が震えるのだった。




(びびってんのか)
(んなっ!そ、そんなんじゃねーし!そっちこそ震えてたじゃねぇか)
(お、俺は武者震いよ)
(俺だって・・・!)



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