竜の丘
□第五章
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第五章 妖精
一向は、暫く周りの気配に気を配りながら一塊となって歩みを進めていたのだが、予想に反してあれ以来目立った障害はないようだった。
不意に視界が開けて、彼等は草原に出た。
細く澄んだ川が流れ、陽光は穏やかで彼等の心を温めてゆく。
ふと歩みを止めて足元を見つめるハジメに気が付いて、すぐ後ろを歩いていたヘースケは声を掛けた。
「どうかしたの?」
無言のままのハジメの目線を追うと、そこにはくたりと頸を項垂れた花が一輪。
彼は暫し迷っているようであったが、意を決したように顔を上げた。
「悪いが、ちょっと時間を貰って構わないだろうか」
「いいけど…、何するんだ?」
「ん?ハジメ、どうしたよ。何かあったのか」
他の連中もわらわらと集まってくる。
ハジメは多くを語ろうとはせず、ただ川の側に跪くと水をその手に掬い、花の元に持って行ってはそれを掛けた。
「生きとし生けるもの見過ごしには出来ぬ。俺たちも、生かされているのだから」
ハジメはゆっくりと言葉を紡いだ。彼のその声音と同じように柔らかな空気が辺りを漂う。
つい見過ごしてしまいがちなその小さな命に気付いたのは、ハジメだからこそだった。
皆が自然と無言になってその花を見つめていたその時。
風もないのに、ふわりと花が揺れた。
そしてそのままゆるりと花はその頸を持ち上げ、花片を空へと向ける。
その刹那。
それが合図であったかのように、ザァァァと一陣の風が吹き、どこからともなく白雪のような何かが風に乗って漂ってきた。
「何だこれ」
掴もうとするも、するりとそれは手の間をすり抜けて、また風に乗って散って行く。
「わっ、ハジメ──」
ハジメは言われて初めて自身の服に先程の綿毛が纏わり付いているのに気が付いた。
不思議なことに他の誰にも付いていない。
ハジメはいつもの黒いローブを着ていたため、軽装の他の者達より綿毛を吸い寄せてしまったのだろう。
取り除こうと試みたが、絡んだ綿毛は取っても取ってもまたぴとりとその場所に戻ってくるかのようだった。
「黒一色の無愛想な姿が随分と可愛らしくなったじゃない」
ソージが笑いを噛殺しながら無遠慮にそう言うと、ハジメは顔をしかめて彼を睨んだ。
暫く払い続けていたハジメであったが、そのうちに無駄な労力だと溜息を付いた。
「まったく。こんな姿で布施には行けぬ。帰ってから何とかしないと」
ブツブツ言うハジメが可笑しくて、ヘースケもつい頬が緩む。
穏やかな空気に、彼等の心は一時不安を忘れていた。
小さき姿がそんな彼等の元へ舞い込んだのは、まさにその時だった。