竜の丘

□第六章
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第六章 茨姫


妖精、トシゾーの案内で、一行は更に森の奥へと分け入る。
光の殆ど届かないその場所に、彼が指し示した通り茨の茂みがあった。

「本当にこの中にお姫さんがいるのかよ」
信じられないと言った口調でヘースケが茨を覗き込む。

「眠ったままなんだ。と言うより魔力により姫の時間は止まってる。俺はずっと側で見てきた」
トシゾーは茨を見つめながら唇を噛んだ。

「けど俺じゃダメなんだ。俺には姫を救えねぇ。ただ見てるしか・・・・!」
その悲痛な叫びに、サノが一歩前へ出る。
「大丈夫だ。任せとけ」

茨へ伸ばそうとしたサノの手に、トシゾーは慌てて飛びついた。
「ダメだ!素手で触るんじゃねぇ!毒が回る」

サノはその忠告に暫し思いを巡らせ、そしてゆるりと背中の剣を手に取ると、
「じゃ、これしかねぇな」
言うや否や振りかぶって、ザクリと蔓の一本を断ち切った。

その刹那、叫び声とも地響きとも取れる低い音が響いたかと思うと、黒い蔓が茨ごとサノの身体を呑み込んだ。

「サノー!」
「動くなっ!」
駆け寄ろうとした彼等に鋭い一喝が飛ぶ。
妖精のそれとは思えないほどの凛とした声だった。

「行っちゃダメだ」
トシゾーが皆の前に立ちはだかる。
彼の威圧感はその身体を実際よりも遥かに大きく見せ、思わず皆の足を止めた。

「あいつが茨を断ち戦いを挑んだ瞬間に、ここを守る聖霊によりあいつは勇者に選ばれた。他の者は手出し出来ない」

「け、けどよ」
ヘースケが不安に瞳を揺らして茨を見やる。

「もし手出ししたら、どうなるのだ?」
ハジメが低い声音で尋ねた。

「もう戻っては来れない。結界の向こう側に閉じ込められるんだ。悪く思わないで欲しい。総ては姫を守る為」
そう告げるトシゾーの声は悲痛に満ちていて、今までに何度もそれを見てきたかのようだった。

その黒き蔓はこちらに向かって、時折牽制するかのようにその先端を不気味に揺らしている。
まるで、意思を持って何人も近付かせないでいるかのようだった。

仕方なく彼等はそこに立ち竦む。

「あいつはそんな簡単にくたばりゃしねえよ」
友を信じる以外道はなかった。

どのくらい経ったのだろうか。
居ても立ってもいられず、ヘースケが何度目にか腰を上げた時だった。

突然、バリッと空気が割れるような大きな音がして黒き茂みが揺れた。
皆はハッとして、一斉に茨を目を向ける。
次の瞬間、蔓の間から太い腕が伸び、続いてサノの頭が姿を表した。

「サノ!」
思わず皆が駆け寄る。

「無事か!?」
サノは皆の剣幕に少し目をしばたいて、そしてにたりと笑った。

「ひでぇもんだぜ、切っても切っても絡み付いてきやがる。お陰でこの様だ。・・・けど」
身体のあちこちを赤い掻き傷だらけにして、茂みから抜けきるその腕にはしっかり女性を抱いていた。
「役目はちゃんと果たしてきたぜ」

「姫!チヅール姫!」
トシゾーが叫びながらその身体に飛びつく。
他の皆も、眠っているように見えるその姿を見つめた。
その肌は透き通るように白く、目は固く閉じられ、身動きすらしない。

「い、生きてんのか?」
おずおずとヘースケが尋ねる。

「時間が止まったままなんだ」
トシゾーが繰り返した。

まだ姫の時間は止まっている。
皆にもトシゾーが言わんとすることが伝わっていた。
恐らく魔女を倒すまで―――

トシゾーは目に涙を溜めてサノを見上げた。
「己に刻まれしは血潮の印、難事に耐え信念貫く克き心持つ勇者よ」
「何か照れるな」
サノは歯痒そうに頭を掻き、皆もそんな友の無事な帰還に心から安堵した。

「そういや」
サノが何かを思い出したかのように呟いて、短剣を差し出した。
「お姫さんの側の地面に刺さってた。せっかくだから持ってきたんだが」

「魔女の短剣だ」
トシゾーの言葉に、短剣へと視線が集まる。
「持ってくといい。これからの戦いにきっと必要になるからよ」

「ちょっとよく見せてくれる?」
血が騒いだのが、ソージが身を乗り出した。
「ふーん」
手に取りしげしげと見定める。
「ここは・・・銀? いやこの剛健さはもしかして・・・」
「じゃあソージが持っててくれよ。お前の専門だろう。俺何だか気味悪りぃしさぁ、魔女の剣なんて」
サノは肩を竦めて、ブツブツ言うソージを見やる。

「そうするよ、面白そうだし。もしかしたら魔女について少しでも何か分かるかも知れないしね」
ソージは新しい玩具を得た子どものように、嬉しそうに短剣を腰に差した。




(そんな目で見たってあげないよ)
(お、俺は別に・・・!)
(羨ましいんだね)
(羨ましいんだな) 



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