竜の丘

□第七章
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第七章 満月


「で、このお姫さんはどうすんだ?」
サノが腕の中の彼女を見下ろしながら尋ねる。

「この先に知り合いの家がある」
トシゾーが森の奥を示した。
「とりあえずはそこへ運ぼう。もうすぐ日も暮れる。おめぇたちも今晩はそこで世話になるといい」

いつの間にか太陽は随分西に傾いていた。

一行はトシゾーの後に付いて森を進む。
暫く歩くと一軒の小屋が見えた。
トシゾーは羽音を高く響かせながら、一足先に窓の隙間から入っていく。

「チヅール姫を救ったというのはお前たちか」
間もなくずっしりとした扉が開き、耳を細く尖らせた銀髪の男が顔を出した。

「何を呆けているのだ。エルフを見るのは初めてか」
表情を変えず彼等を一瞥するその男の脇を、トシゾーが飛び戻り彼等を導く。
「さぁ、チヅール姫を中へ」

皆は、恐る恐る小屋の中へと足を踏み入れた。

「まずは礼を言いましょう。我々も姫を救うべくずっと手を尽くしてきました。感謝します。ありがとう」
恭しく歩み出てきたのは体格のいい男だった。
銀髪の彼と同じく耳を細く尖らせている。
彼もエルフと呼ばれる者なのだろうと彼等は理解した。

「私はクジューと言います。先ほどあなた方を迎えたのがチカーゲ。そしてあそこにいるのがキョウです」
そう言って、クジューは奥から挑戦的な目線を送ってくる群青色の髪をした男を示した。

彼等はその人間離れした美的な容姿もさることながら、揃いも揃って身に纏う空気感さえも異質な雰囲気を放っていた。
ヘースケたちは初めて触れるエルフたちのその空気に戸惑いながらも、食事や床の好意に預かり、日中の疲れを癒やしていった。


ハジメは談話する皆を眺めながら、この如何にも怪しげな状況を受け入れつつあるこの様にふと自嘲を漏らす。
思い起こせば、あの地図を囲んだときから既に冒険は始まっていたのかも知れない。

ハジメは眼を瞑り静かに内観する。

この先何が起きるのか。
魔女など本当に倒せるのか。
いつ姫は眼を覚ますのか。
それは何を意味するのか──

先の全く見えない状況ではあったが、不思議なほどに不安や心細さはなく、それどころか浮き足立つ心持ちさえあった。
身を任せてみるのも悪くない、そんな風に思ってしまう自分があまりにも意外すぎて、ハジメはまた独り含み笑うのだった。


そして、ヘースケもまた、窓から空に上がった月を見上げていは想いを馳せていた。

談笑する者、剣を磨く者、酒を飲む者、何やら思案している者、各々が思い思いにそのゆるやかな時間を過ごしている。

ヘースケは今日身に起こった様々な事を思い返してみた。
一日で起こったとは思えないほど、濃厚な時間を過ごした気がする。

これから自分たちはどうなってしまうのだろうか。
軽々しくこの世界に足を踏み入れてしまって本当に良かったのか。
けれど。とベッドに眠る姫を横目に見て彼は思う。

もう、後戻りは出来ない。
先へ進むしかないのだ、と。


微笑みもせず煽りもせず、夜空の満月はただ静かに、そんな彼等を見下ろしていた───





(ねぇ・・・ところでエルフって何者?人間じゃないよ・・・ね?)
(妖精族の一種だったと記憶している)
(ふーん。何か年齢不詳って感じだよね。何歳くらいなのかな?)
(気になるなら自分で聞けばよいだろう)
(やだよ、面倒臭いじゃない。君が聞いてよ)
(何故俺が聞かねばならぬのだ)
(昔から得意じゃないそういうの。ね?)
(あんたは屁理屈が昔から得意だな)
(流石よく分かってるね。じゃそういうことでよろしく)
(・・・・)



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