竜の丘

□第十五章
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第十五章 追憶


カオルの目前に黒き茨が広がる。

胸中を占めるは、虚無。
その底に眠る妹姫も、彼女を護り命果てた狩人も。
彼の胸に渦巻くものは最早何もなかった。

静かに茨に手を掲げる。

茨ごと消し去れば、きっと母君は自分を見てくれるに違いない。
また抱いてくれるに違いない。

あの頃のような優しき光を、その瞳に戻してくれるに違いない。

その超越した視力で茨の底を見る。
土気色の瞼を開けることのない狩人を、蒼白な手で握り締め項垂れる姫。

今や感情の篭らない眼差しで彼らをただ見詰めた。
小さく息を吐くように嘆息し、手に力を込めようとした、その刹那。

彼女の瞳から一粒の涙が落ちる。
想いが、一陣の風となり彼の荒んだ心に吹き込んだ。

知らず彼の頬を涙が伝う。

記憶の中の
姫の笑顔が、狩人の優しき声音が
彼の胸を締め付ける。

いつだって居なくなる。
大切な者たちが、自分の前から。

ならばいっそ―――

しかし彼はその手を降ろした。
代わりに希望を大地に落とす。

もしも―――

姫の涙が染み込んだその場所から、一つの芽が息吹く。
それを見届けもせず、彼はクルリと踵を返した。



もしも『彼』が赦してくれるなら


そうして、彼の手によって―――




大地を蹴って、夜空へ舞い上がる
そして満月に彼は消えた。

今は暫し。
時の巡るまで。



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