竜の丘

□第九章
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太陽が高く上がってる時刻なのに、陽光の届かないその場所は、どこまでも薄暗く空気もひんやりと冷たかった。
ヘースケは背筋に寒いものを感じて、思わず身を竦める。
谷底に着いても、そこに広がるのは枯れ果てた木々と沼があるばかりだった。

「魔女の家って、どこにあるわけ?」
ヘースケがあたりを見渡す。

「そんな分かりやすい場所にはねぇよ」
トシゾーがふわりと飛び立ったかと思うと、一番大きそうな沼の淵上で立ち止まった。

「この底だ」
「げっ!」

思わず彼等は絶句する。
そろりそろりとヘースケは後ずさった。

「ちょっと、ヘースケ。まさかここに来て逃げるんじゃないよね」
目敏く見つけられたソージに声を掛けられる。
「あと印のないのはヘースケだけなんだからね。分かってるよね」
ずいっとソージがヘースケに詰め寄った。

「勘弁してくれよ・・・・」
ヘースケに変な汗が流れる。
「そ、そもそも印に不公平ありまくりじゃねぇ?」
辿々しく不平を言うヘースケ。

「そんなの今言ってもしょうがないでしょ」
「俺たちはその場その場で俺たちに出来る最善のことをしたまでだ」
「で、でもよ・・・・」
涙声で訴えるヘースケに、次第に皆の顔が曇る。

「ヘースケ。気持ちは分かるけどよ・・・」
「泣くなよ。男だろ」
「あんた、もしや・・・・」



「――――水が怖い!?」
驚きを隠せない一同。

「ちょっと、待てよ。お前の夢は漁師じゃなかったか」
「水が怖くちゃ、致命的だね」

ヘースケは涙ながらに語り出す。
「・・・・・昔、父ちゃんに無理やり海に放り込まれたことがあって。それで・・・・」
「トラウマになったってか」
シンパッチが後を引き継ぎ、うーんと唸った。
「でも、ここはヘースケに乗り越えてもらわないと」
ソージが人事と言わんばかりに飄々とした表情で呟く。

「ヘースケ。自分で選べ」
サノが彼を覗き込んだ。
「乗り越えるか、このまま帰るか」
皆の目がヘースケに集中する。
ぐっと彼は言葉に詰まった。

「俺・・・・」
ヘースケは、皆の顔を交互に見、そして黒光りする沼を見た。

「俺、―――行くよ」

「っし!よく言った!それでこそ男だ!」
サノが大きな手で彼の頭を撫でる。
「ここに来て帰るなんて言うつもりなら、斬っちゃおうかと思ってたのに」
ソージは冗談とも本気とも付かぬ表情でニタリと笑った。


ヘースケは決心鈍らぬ内に、息を大きく吸い込み、

沼へと、飛んだ。







「――――スケ、ヘースケ!ヘースケ!!」
彼は薄っすらとその目を開ける。

「大丈夫か?」
「あー、俺・・・・・?」
ヘースケは回らない頭で、覗き込む皆の顔を見、そして周囲を見た。
ふと、右手に違和感を感じ、持ち上げてみる。
手の中には真鍮の鍵が握り締められていた。

彼は無我夢中で飛び込んだことを思い出す。
ハジメがどこからか水を持ってきてくれて、一口飲み、泥で汚れた顔を洗った。

泥光かと思ったが、洗っても取れぬ金粉のような何か小さくキラキラしたものが、身体中に纏わり付いていた。

その様子を見てトシゾーが微笑む。
「それこそ黄金の印。己に打ち勝ち勇気溢るる勇き心持つ者の証―――。第五の勇者よ」

「よくやったな、ヘースケ」
「へへっ・・・」

皆に囲まれて、ヘースケは力なく笑う。

「よかっ、た・・・」

彼の耳にはまた次第に音が届かなくなり、再度気を失うのだった。




(あれ?この沼えらく浅いんですけど)
(え?本当だ、肩くらいしかないじゃねぇか)
(こんなんで溺れるなんて・・・)
(いや、それもあいつの才能だろ・・・)



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