All/Others

□鬼は外、福は内
1ページ/1ページ



時は旧暦、元治二年一月(現在の二月)。

池田屋事件より半年。
伊東他余名が新撰組に入隊し、新選組屯所は慌ただしくも活気に満ち溢れ、皆がそわそわと春を待ち侘びていたそんな或る日の事。

雨は降らず曇天。
冬の土用が終わり立春を翌日に控え、幹部たちはバタバタと準備に追われていた。
具足に供えた餅を鏡開きし近隣へと分け届け、隊士たちに善哉と僅かばかりの酒を振る舞う。
神々に御神燈、餅、米、御神酒を供え祝詞を唱えて拝礼し、清め火で焚きつけた豆がらを焙烙に焼べて豆を煎り、恵方へ向かい撒いた後、皆で年齢豆を食す。
今年一年無病息災であります様に。
そんな祈りを込めた節目の行事、節分。

善哉が皆に行き渡ったのを確認して、斎藤一は床に座した。
「千鶴、お代わり!」
早々と平らげたらしい平助が椀を千鶴に付き出す。
「おわっ、平助ちょっと待て!俺もだ、千鶴ちゃん!」
其れに競うように永倉が善哉を掻き込んだ時、斎藤は思わず眉を顰めた。
「平助に新八、あんた達そろそろ遠慮と云う嗜みを覚えてはどうだ」
云うのも無駄だと識りながらも、つい云わずには居られない。
「大丈夫ですよ!沢山作りましたから。まだ有りますのでお代わり欲しい方は言ってくださいね」
千鶴がニコニコとそう言うと、隊士からも碗が次々差し出された。
「じゃ、僕も貰おうかな。近藤さんは?」
総司が近藤に振り返る。
「あぁ、じゃぁ貰おうか。トシ、お前もどうだ?」
総司に椀を渡しながらの近藤にそう声を掛けたられた土方は、いや、と言いながら立ち上がった。
「俺はもう充分だ。まだ仕上げなきゃならねぇ書き物も残ってるんでな。近藤さんは皆とゆっくりして来れば良い」
土方が襖に手を掛けた時、すれ違い様に麻袋を抱えた山南が入ってくる。
「福豆が仕上がりましたよ。副長もどうぞ」
手渡された一掴みの豆を握り込み、土方は一人賑やかな広間を後にした。

■□■□■

「・・・・・鬼はぁ外ぉ。・・・・・鬼はぁ外ぉ。・・・・・鬼は━━━」
「総司・・・」
「はい」
「・・・・何でここで遣る?向こうで遣って来い」
「えー?」
「えーじゃねぇ」
先程からコツコツと背中に首筋にと当てられた豆がコロコロと畳に転がり落ちる。
「だって、豆撒きは鬼に向かって投げないと」
「てめぇ・・・、俺を本当の鬼にしたいようだな」
土方は振り向き様、手元にあった福豆を思いきり総司に投げ付けた。
総司はひょいと難なくそれらを交わすと廊下に消えて行く。
忌々しげに舌打ちして、土方は転がった豆粒を一瞥し、また文机に向かうのだった。

■□■□■

クスクスと嗤いながら総司が顔を上げると、向こうから歩いてきた斎藤と目が合った。
斎藤はゆっくりと総司に近付く。
「総司・・・」
「な、何?土方さんには謝らな━━」
「手を出せ」
「・・・・え?」
「良いから、手を出せ」
斎藤の意図が掴めないまま、総司はしずしずと手を差し出す。
すると、斎藤はその掌に僅かばかりの豆を落とした。
「・・・・・?」
「福は内」
「・・・・・」
掌の豆と斎藤とを怪訝な眼で見比べる総司。
「・・・・あんたに福が訪れます様に」
そんな総司に斎藤はニコリと微笑んだ。
「━━━━!」
どがんと鈍器で殴られた様な衝撃が総司を襲う。
総司はふらふらと足取り朧気に土方の元へと舞い戻った。

「あ?何だ、また来やがったのか。今度と云う今度━━」
「御免なさい!」
「・・・・は?」
「ぼ、僕、片付けるね・・・・!」
総司は先程自らが散らかした豆を拾うと、そそくさと居なくなる。
「・・・・・何だ?ありゃぁ」
土方は呆然と障子の向こうを見詰めた。
と、其処へ斎藤が姿を現す。
「副長」
「ん?どうした、斎藤」
「手を出して頂けますか?」
「・・・ん?あ、あぁ」
そして、その手の上に落ちる福豆。
「福は内。副長に福が訪れます様に」
そう言って微笑む斎藤。
「・・・・・斎藤」
「はい」
「それ、・・・もしやさっき総司にも遣ったのか?」
「はい。・・・・・それが何か?」
「いや、何でもねぇ。ありがとうな、斎藤」
土方にそう言われて、斎藤は顔を綻ばせる。
「では、失礼します」
「おぅ」
・・・・・・・・ククククッ
思い出して土方は笑いが止まらなくなる。

今年一年、良いことありそうだな。とそんなことを思うのだった。









「左之。手を出せ」
「手?何か呉れんのか?」
「福は内。あんたに福が訪れます様に」
「・・・・・お前さ」
「何だ?」
「いや、やっぱ良いや」
「・・・・・?」
何故皆が自分を凝視し、時には顔を赤らめられてしまうのか。
その意味が、今一つ解せない天然な一君なのでした。・・・・・♪



企画提出@『桜記念日』


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ