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□夜桜の舞う
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ワンライ参加作品
第32回 (3/28開催) お題「春の月」


△▽△▽△


さわりと春風に桜が香る。
赤い提灯が夜空を紅く染める中、立待月がぼんやりと浮かんでいた。

雪村千鶴はきゅと袷を摘まんだ。
少し冷えてきた。
酔い潰れて寝てしまった人たちをちらと見遣る。
何か掛けてやった方が良いかもしれない。
空いた銚子を片付けながらそんなことを思っていた時、不意にどんと何かにぶつかり身体がよろける。その拍子にがらんと銚子が散らばった。
「あ、ごめんなさ━━」
慌てて謝りながら振り仰いだ千鶴に、蒼の双眼が絡む。
ドキンと千鶴の鼓動がひとつ跳ねた。

「いや、俺こそ済まない」
「斎藤さ、」
「怪我はないか、雪村」
「・・・い、いえ、大丈夫です」
手早く銚子を拾い上げ、その黒の着流しに納まる様をぼんやりと目で追う。
抱えたままの其の姿がすくと立ち上がった時、ハッと千鶴は我に返った。
「あ、片付けは私が遣ります。斎藤さんは皆さんと呑んでて下さい」
斎藤の腕の中の銚子に伸ばされようとした千鶴の手は、しかし其れに届く前に宙を切る。
「いや、構わぬ」
短くそう言うと、斎藤はくると踵を返した。
慌てて千鶴は斎藤の後を追う。

「え、でも━━」
言い掛けた千鶴を斎藤が眼で制した。そうしてそのままスッと視線を流す。
その先に、原田や永倉、藤堂が隊士たちと何やら大声で騒いでいるのが見えた。
ふ、と苦笑のような息を漏らして斎藤が肩を竦める。
「・・・抜け出して来た故」
そう言って口端を僅かに上げて千鶴を見下ろす。
(あ・・・・・・)
そういうことかと千鶴は口を噤んだ。
皆が楽しみにしていた今夜の花見宴だが、皆が皆、騒ぎたい訳ではない。特に斎藤なら、少し喧騒を離れたいと思うのも分かる気がした。

「・・・綺麗ですね」
千鶴は側に咲く桜の花弁を見上げた。
ざわわと風に乗って花びらが舞う。
小さき其の花弁は健気に花開き、短きその生の中精一杯己を主張していて。其れは動乱の世において、任務を只全うせんとする皆の姿と重なった。
「綺麗で、・・・胸が詰まります」
声の震えが伝わった気がして、こくと千鶴は小さく唾を呑み込んだ。
ふわと耳元で風が動く。
思いがけず斎藤の指が頬に触れた気がして、ぴくと千鶴の肩が跳ねた。
「・・・動くな」
「え・・・?」
「花びらが付いている」
(あ・・・・・)
僅かに落胆した気持ちを悟られぬよう、意識して息を詰める。
どくんどくんと、囃し立てる鼓動が今にも聞こえてしまうのではないかと思った。

く、と斎藤の口から息が漏れるのを聴いて、千鶴は振り仰いだ。
斎藤が笑いを堪えている。
訳が分からず、千鶴は首を傾げた。
「息をするなとまでは言っていない」
「・・・え?」
「っぷ」
耐えきれぬといった様子で、斎藤が噴き出す。
「ちょ、え?さ、斎藤さん・・・!」
そんな余りに珍しい光景に、か、と千鶴は赤面した。

そんな千鶴を、目の端に珠を浮かべた斎藤が覗く。
「・・・あんたは見てて飽きぬな」
「え、それって、」
言い返そうとする千鶴の言葉は、最後まで紡がれることなく。
「━━━」
そっと斎藤の口に消える。

咲き誇る夜桜の上空、春の月が柔らかく二人を照らしていた。







 

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