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□願わくば
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『良い酒が手に入ったんだけど、一緒に呑まねぇ?』――――


平助がそんな風に誘ってきたのは、夕餉を終えた俺が席を立とうとしていた時だった。
別段予定のなかった俺はそれを了承し、平助は、じゃあ後で部屋に行くから、と言ってそのまま広間を後にした。

最近、何かに付けて平助が絡んでくる。
以前は左之や新八とよくつるんでいた島原通いも、どこか避けているように思う。

理由は分かっていた。
俺が、御陵衛士に同行するつもりだと彼に言ったからだ。

伊東甲子太郎が新選組を去るとなれば、奴の寄り弟子であった平助が同行するだろうことは、間者働きの多い俺には容易く予想出来たが、平助にそれを指摘すると何故分かったのかと随分と驚いて見せた。
奴のあの表情から察するに、恐らく誰にも知られずに去るつもりだったのだろう。

俺とは違い、あやつは情に脆い。
否、情にこそ重きを置く節がある。
皆に引き止められる事を、そしてそれに揺れてしまうかも知れぬ事を恐れているのだろうと思われた。


「俺だけど、・・・入って良いかな」
襖の向こうから控えめな声が聞こえる。

「あぁ、構わぬ」
短く答えると、酒瓶と猪口を持った平助が入ってきた。

「新八たちは島原へ行ったようだったが、一緒には行かなかったのか」
敢えて言いにくいことを聞く俺は何と血の通わぬ者なのだろうかと、自分自身を哀れにすら思う。

「あ・・・。うん。何か今日は静かに呑みたいって言うか・・・。ほ、ほら、新八っつぁんたちと行くと、いっつも馬鹿騒ぎになるからさぁ」
律儀にそう応えるその笑顔がどこかぎこちないようで。

胸が詰まる。


「も、もしかして、一君は・・・呑みたい気分じゃなかったり、した・・・?」

彼の深竹色の瞳が揺れる。
全く、そんな捨てられた子犬のような目で見られては、無下にすることも出来ぬというもの。

「いや。もしそうなら初めから断っている」
それより、と俺は間合いを詰める。

「何か話したいことがあったのではないか」
核心に切り込むと、ビクリと彼の肩が跳ねた。

暫く項垂れて何やら思案しているようだったが、腹を決めたように顔を上げ口を開く。
「御陵衛士に付いていくって・・・本当?」

俺は、あぁ。と端的に肯定した。

「だが、内密に頼む。出る前に大事にされては厄介だ」
そう釘を刺したのは、他ならぬ彼の為。
彼が罪の意識に苛まれる負担を、少しでも減らせればと思ったが故。
心許している仲間に、本心を告げることなく袂を別とうとしているその罪悪感からの。

うん。と平助は静かに頷いた。
「大丈夫。俺も、言わないつもりだから」

そう言って笑う彼の笑顔が酷く哀しそうで、それで悔いはないのかと聞こうとした言葉を飲み込む。
言葉を掛ける代わりに、平助の手から酒瓶を取り、彼の猪口に注いだ。
平助はそれを呑み干すと、俺に猪口を差し出し、酒を注ぐ。
俺も、何も言わずに呑み干した。



互いに掛ける言葉のないまま、ただ、酒を注ぎ呑み合う音のみが部屋に響く。
その他にある音と言えば、時折窓から風に乗って舞い込む、リリンと涼やかな秋の足音くらいであった。

「・・・・・っ」

平助の肩が震えているのに気付く。
泣いているのだと察した俺は、思わず彼を抱き締めていた。
まるで、思うより勝手に身体が動いたようだった。
自分で自分の行動に驚く。
しかし、その時はそうせねばならないような、焦りと不安が入り混じったような、何とも言えない焦燥感が胸に渦巻いていた。

「は、じめく・・・」
涙交じりの声で弱々しく彼が呟く。

「構わぬ」
短くそれだけ答えて、更に腕に力を込めた。
平助は暫く泣いて、やがてスッキリした顔付きで俺から離れる。
ごめん、と言って淡く笑った。



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