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□初雪
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屯所にその年初めての雪が降ったある冬の朝。

(あれ…?一君じゃん)

きいんと凍てつく廊下を早足で通り過ぎるその途中。
俺は、白雪に落ちた墨滴のように雪の中ひとり佇む彼を見つけた。



(なに、やってんだ…?)

空を見上げ、舞い落ちる粉雪がその身に降り積もるのにも構わずに。
そんな彼の透き通る白い肌に、吸い込まれるように雪片が消えてゆく。

「……平助、か」

不意に、こちらを振り向きもせず彼から言葉が漏れた。

「なんだ、気付いてたのかよ」

当たり前だ、とでも言いたげに、蒼の双眼をこちらへと向ける。

「何やってんの?そんなとこで。てか寒くねえの?」

彼はほぅと白い息を吐き出した。

「寒くないわけではないが、堪えられぬほどでもない。雪が降ってきたから見ていただけだ」

そうして、彼はまたその眼差しを白い空へと向ける。

「……こうして降りゆく雪の中にいると、自分も雪になれるような気がして心が和む」
「雪…に?」

雪になりたいとでも言うのか。
相も変わらずその独特な発想に、つい眉を潜めてしまう。

そんな俺の反応にフッと彼が表情を崩した。

「理解出来ぬか…。平助は白いからな」
「俺が白い?一君の肌のが白いじゃん」

首を傾げたその時、廊下の角からブッと吹き出したような音が聞こえた。

「肌の色の問題じゃないっての」
「……何だよ、総司。分かったような口利きやがって」
「ま、平助はお子ちゃまだからね」

その馬鹿にしたような口振りに、思わずムッと見返す。

「なっ…、歳はそんな変わらねえじゃんよ!」
「だから歳の問題じゃないってば…。あーもう駄目」

ついに堪えきれないと言った様子で総司は腹を抱えて笑い出す。

(なんだよっ…、いつもいつも馬鹿にしやがって!どうせ俺は人生経験ねえよ)

言い返せない自分が悲しい。
そんな時、流石の俺でも分かるくらいすぐ背後にフッと一君の気配を感じた。

「平助が純真無垢なのは、あんたの宝だ。卑下することではない」
「一君…」
「それより総司、お前ももう少し言い方ってのがあるだろう。あんたはそもそも……」
「あーはいはい、じゃあもう何も言いません。せっかく呼びに来てあげたのに、お腹を空かせたままでいればいいよ」

ひらひらと手を振りながら総司が去ってゆく。
朝餉を誘いに来てくれたなら、最初からそう言えばいいものを。

「…総司は素直じゃねえな」

つい思った言葉が口を付いて出る。
ふわっと一君が微笑った。

「…良くも悪くも、そこがまたあいつの宝だな」

言いながら、また彼は雪の積もりゆく中庭へと目線を戻す。


 
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