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□哀しくも確実な未来
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□□□ ◇ □□□

「ぅぎゃッ」
蛙を潰した様な呻き声が漏れる。
「山南さんー、もうちょっと優しくぅ・・・」
平助は堪らず弱々しい声を出した。
「良くもまぁ、・・・此程、的確に急所に攻撃を受けながら、脱臼のみで済んでいるとは、・・・・・丈夫と言うか何と云う・・・・・かッ」
「でぇッ!痛たたた・・・・・、━━━ま、丈夫なとこが俺の取り柄だから、さ」
へへへと笑う平助に山南は一つ息を吐く。
「此で粗方・・・・、どうですか?」
「うん、良いみたい。ありがと!」
平助が立ち上がったのと、襖が開いて斎藤が姿を現したのが同時で。
「は、一君・・・」
バツが悪そうに狼狽える平助に、山南は意味有り気に肩を竦めてみせた。

□□□ ◇ □□□

何があった?そう尋ねても曖昧に返事をするばかりで、一向に口を開こうとしない平助の、其の後ろ姿を眺めながら斎藤は歩を進める。
隊士達の云うのには、八番組の連中は総司に食って掛かった平助を止めようとして間に入ったらしい。
(奴等は総司一人に遣られたのでは無いと云うことか・・・)
斎藤が何度目かの嘆息を吐き出した時、眼の前の背中が停まったのが判った。
人気の無い廊下の隅、其の華奢な背中は頑なに何かを堪えている様に思えた。
昨晩の巡察は一番組と八番組だった筈。
(夜番中に何か在ったか)
其に想い至るのは容易い。
斎藤は唯じっと彼が言葉を紡ぐのを待った。
どのくらいそうして居たか。
スゥと彼の肩が盛り上がった。
「━━━昨日さ、」
そうして、息と共に言の葉が吐き出される。
「左利きの浪士と遣り合ったんだ」
左利きの・・・?
斎藤は平助の云わんとすることが見え出した気がした。

「俺、どうしても刀を向けることが出来なくて・・・・」
平助はゆるりと斎藤を窺うようにして振り返り、
「情けねぇよな。どう見ても一君じゃないのにさ」
今にも泣き出しそうな顔で嗤った。
「平助・・・・」
「俺に刀を振り降ろすその姿が、何か、一君に見えてさ」
其の時を視るかの様に遠い眼をして
「気が付いたら、━━━総司が、斬ってた」
自嘲気味に嗤う其の姿が胸に詰まって。
「総司が怒るのも無理ねぇよ。土方さんだって正しい。アイツは何も悪くねぇ。寧ろ、俺は命を救われたってのに」
平助の抑えきれない苦悩が伝わって来る。
「けど、俺・・・、何でか許せなくって・・・・!まるで相手が本当に一君でもああするんじゃないかって!」
「あぁ、・・・・総司はそうするだろうな。必要と有らば、確実に」
微塵の躊躇いもなく。自分に其の刃を向けるのだろう。
先の事など解らぬ。
此の動乱の世に於いて、昨日の友が今日の敵に成ることなど。
(良く在ること)
けれど。
眼の前の此の漢は。
「でも、やっぱ俺が間違ってるよな・・・・」
其の優しさはいつか仇と成るのやも知れぬ。
「総司に、・・・謝った方が良いかなぁ?」
「・・・・イヤ、放っておけ」
「で、でも━━━」
何時の日か、其の澄んだ心が曇らぬ世が来る様に。
「彼奴も、判って居る」
想い出も誇りも大切にしたいと願う彼の
己の義を貫く路で、迷い嘆く日の来ぬ様に。
「さぁ、朝餉だ」
斎藤は平助の肩を叩いた。
「そう言えば、腹減ったぁー・・・・」
平助が鳴る腹を抑え、斎藤が微笑う。


其の、哀しくも確実な未来の足音に、まるで気付かぬ振りをするかの如く。





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