トビ空
□―テンポラリー―
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目の前が眩んだ。
蒸し暑い体育館に全校生徒が凝り固まっていれば当たり前じゃ。
大して聞いてる奴らなんぞおらん校長の話は、ただ響き渡っているだけだ。
ダルいだけのそれに集中する気なんて最初から無く、ただ、何となく辺りを見回してみた。
すれば、違うクラスの一番前に車谷がおった。
たまたま目に止まっただけ。
何故か瞬時にそんな言い訳をわざわざ自分に投げ掛けていることに、微かに頭が痛くなったりする。
チビはぼんやり壇上の方を見ながら、手を遊ばせていた。
何しとんじゃ…?
そう思った時だ
急に振り向いたチビと思いっきり目が合った。
「――!」
真っ直ぐ純粋な黒い瞳は、自分の視線を反らすことなく真摯に見つめてくる。
途端、一波打ったのはワシの心臓だった。
同級生達の頭の間から垣間見える車谷だけが、まるで別の空間にいるような錯覚さえ感じた。
そらせない
その数秒間すら無駄にすることが惜しく思えた。
しかし、そんな曖昧な時間は朝会の終了を告げる先生の声によってかき消される。
移動を始めた揺めきで視線は外れ、三年から順に出ていく体育館の入り口を眺めたワシは気分が高揚していくのを黙って身体に押し留めていた。
気分がええ…
あの瞳に、自分が映っているのが分かっただけでざわめいた焦燥が嘘のように静まり返った。
これは、一体なんじゃ?
緩やかに流れる鼓動と、それに比例するようにぬるま湯に浸かったような温もりを感じる。
物足りない。
たったあれだけじゃ足りない。
もっと、もっとあの時間が欲しい。
そんな気持ちが芽を吹いたのもこの日だった。
距離を置いてから、ワシは色んなものが我慢出来なくなった。
目が合わないのが嫌だった。
言葉を交わさないのが嫌だった。
自分以外が車谷に近付くことが何より不快だった。
だから、昼を共にするようにした。
自分からさそって、自らチビに歩み寄った。
始めの頃は、急なワシの態度の変わりように驚いていたチビだったが、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
向かい合って話せば、自然とその瞳はワシを映す。
一つの時を共有すれば、次第に互いを知ることになる。
「トビ君、どうかした?」
「いや、相変わらず美味そうに食う思うての」
「この焼きそばパン本当に美味しいんだよ!」
ぼうと眺めるワシの視線を感じたのか、空はパンをかじったまま首を傾げた。
そして、それを満足そうに飲み込むとニコリと笑みを溢した。
ああ、今自分は他の誰よりも近い場所で、この笑顔を独り占めしている。
堪らなかった。
じんわりと拡がる恍惚とした想いは、ワシの心を掴んで離さんかった。
例えそれが一時的な思い込みでも、これは既に事実となりうる現実だった。
止まらない。
誰にもこれを譲りたくないと思った。