沖田総司の恋
□第一章
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「これで、近藤さんに間違えられないや。」
と言って笑った日。
沖田宗次郎が、名前を沖田総司に変えたのである。
この頃、既に沖田総司は免許皆伝。天然理心流の塾頭となっていた。
総司はまだ十代であった。これも彼が若き天才剣士と呼ばれる所以である。
そして、彼も近藤と共に出稽古に出かけていくようになった。
彼の指導は厳しく、弟子達からは恐れられていたようだ。
「沖田先生の稽古は荒いよ…。」
息を荒くしながらそう呟く弟子は少なくなかったようだ。
弟子たちには恐れられる総司だったが、彼に思いを寄せる女性は沢山居た。
出稽古先には、総司が来るのを心待ちにしている女性たち。
端整な顔立ちの総司を見て、女性達は頬を赤く染めた。
中でも熱心な女性が居た。名は、お幸といった。
彼女はある日、試衛館にやって来た。
「こちらで、お手伝いをさせてください。」
彼女は、そう言って、当時既に天然理心流を継いでいた近藤勇と、総司の前で頭を下げた。
二人は驚いて、顔を見合わせた。
試衛館は裕福ではなかった。
むしろ、貧乏だといったほうが相応しいであろう。
近頃、この試衛館に住み着く者が増えていた。
山南敬助は、他流試合をきっかけに、この試衛館にやってきた。
そして、永倉新八、原田左之助、藤堂平助の三人が食客同様の生活をしていた。
今まで「石田散薬」を売りつつ修行していた土方歳三という、百姓出身の男もその頃実家を出た。
それに、総司の親戚にあたる井上源三郎を加えた七人が生活するには、出稽古で稼ぐお金では苦しいことは言うまでも無かった。
そんな状態の中で、「手伝いをさせてほしい」との申し出。
二人には選択肢は無かった。
もちろん断った。しかし、お幸はこう言った。
「お給金は必要ないので、お願いします。」
彼女は再び頭を下げる。
試衛館の雑用などは近藤勇の妻・つねがほとんどを行っていたが彼女一人では大変そうなので門弟に手伝わせる事もあった。
そんな状態もあって、彼女に甘えることにした。
後日から、彼女は献身的に働いた。
欠点と言えば、少し気が強すぎるところくらいであろうか。
「剣術って楽しそうですね。」
「そう?珍しいね。女の子なのに…。」
それを偶然聞いた永倉が聞き返す。
「女には無理だとでもおっしゃりたいんですか?」
「無理とは言ってないからよ。珍しいから、驚いただけ。」
「私、永倉さんになら勝てるかも。」
「強気じゃん。でも、俺結構強いよ?」
「勝負しましょうか?」
「いいよー。」
永倉は笑う。そんな男勝りな性格の彼女を、試衛館一同は嫌いではなかった。
総司が自ら彼女に関わろうとする事は少なかったが、彼女はそれでも良かった。
「(やっぱり、か。)」
彼女は永倉と喋った後に、近くに居た総司に視線を移す。
ただ、永倉と喋っていたら、こちらを気にしてもらえないだろうか、という淡い期待はしていたようだ。
「(ううん、側に居れたら、それで…。)」
道場から竹刀のぶつかる音、木刀が風を斬る音、そして甲高い声が響く音の中、調理や洗濯をする事が好きだった。
その瞬間が心地よかった。それで充分であると言い聞かせた。
「総司、稽古サボんなよ。」
総司はサボりじゃないです、休憩ですなどと言い訳をする。
「あのな、門弟の皆はお金を払って習いに来てんだぞ。ちゃんと指導してやってくれよ。」
たまに聞こえる、そんな会話も幸は好きだった。
少し総司の事を知っただけで、こんなにも嬉しくなる。
いくら男勝りだという自分の性格を理解していても、
自分は女なんだということを実感させられる瞬間でもあった。
「熱心ですね。お幸さんは。」
自分と違って、と対比するように総司はお幸の働きぶりを評価した。
「そうですか、別に。」
そんな素っ気無く答えるお幸にも、総司は優しい笑顔を見せる。
「いつもありがとうございます。」
その言葉を時々言ってくれる総司への思いは募る一方であった。