K-book

□これから
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コンコンと控えめに二度扉を叩き、中から返事が返ってきたのを聞いてから室内へと足を踏み入れた。

「失礼します。室長、頼まれてたもの…」

奥の机、定位置に座するその人を見て、思わず音を立てて固まった。部屋の片隅に広げられた作りかけの大型パズルは見慣れた光景で、狭い卓上に小さめのパズルがあるのも、当たり前になりつつある。どちらか片方にしろと出来る副官が言っていた気もするけれど、一向に聞き入れるつもりはないらしい。それどころか…

「なに、やってるんですか」

仕事もしないで、と含みを持たせ険のある声で咎めると、今正に気付いたという体を装って顔を上げ、なに食わぬ顔でにこりと笑って見せた。その手に厚紙とカッターを持ったまま。

「あぁ伏見くん、ご苦労様でした」

そう言ったきり再び作業に戻り、目線は手元に移る。おざなりな対応に苛立ちが沸いたのをグッと堪え、ツカツカと机に近寄る。入り口近くではよく見えなかったが、なにやら最近はまり始めた自作パズルの作成中らしい。職務中に何をしているのかと怒る気にもならず、ただ呆れた視線を向けるに留めた。また自分の写真でも使われていようものなら、この場で緊急抜刀することもいとわないが。

「…あんたに確認貰わなきゃ仕事に戻れないんですけど」
「ん?そうですか。では少し待っててください」

手を止める事なく告げられた身勝手な指示に更に苛立ちを募らせる。
自分に害がないのなら放っておくに限るのが宗像という人間だが、そうはさせてくれないのも宗像たる所以だろうか。自分のペースを乱されていることに舌打つ。

「ッ!職務怠慢ですよ。いいからとっとと仕事して下さい。また副長にチクられたいんですか」

苛々と、今にも手にした書類を叩き付けてやりたい衝動を必死に抑えるこちらの気も知らずに、作業に没頭している男を睨み付ける。

「仕事はちゃんとしてますよ。だから彼女に言い付けるのはナシです。アレ攻めは、私でも少々キツいものがありますから…」

アレ、すなわちおびただしいまでの餡子を思い出したのか、どこか遠い目で答える宗像に引きずられるようにして、思い出すだけでも背筋が凍る光景に、伏見もブルリと体を震わせた。
世にもおぞましい物体を平然とした顔で瞬く間に作り上げ、純粋な気持ちで分け与えようとする彼女の厚意を、いかにそうとは気付かせずに断るか。そんなものに苦心するくらいなら、大人しく書類の決裁でもなんでもするだろう。
先に我に返り、今だ暗鬱としている宗像がその手に刃物を握り締めたままなのにも構わず、真上にバサリと書類の束を落としてやった。
ようは認印さえもらえればいい。自分の仕事に不備はないはずだし、最終的に宗像の手に渡るのなら、多少間の行程を省いたところでなんら問題はないはずだ。

「俺の仕事はそこまでです。後は室長の仕事なんで、それ終わったらパズルでもなんでも勝手にやってください」

話はこれで終わりとばかりに、返事を待たずに踵を返す。部屋に入ったその時にしかこちらに目もくれず、話している最中にチラリとも目を向ける事をしなかった男への苛立ちをどこへやろうかと、一瞬で溜まったストレスの捌け口を頭の中で探す。

「伏見くん」

ドアノブに手をかけた瞬間を見計らったようなタイミングで呼び止められ、ピタリと止まった瞬間にも沸き上がる苛立ち。わざと苛立たせる為にやっているとしか思えないそれにも、上司と部下という関係である以上答えないわけにはいかず、身の内で暴れ狂いそうな怒りを抑え込み振り返る。

「なんですか?いい加減…」
「君がそうやって反応を返すからつい、からかってしまうんですよ」
「はっ…?」

先程までずっと伏せられていた顔を上げ、真っ直ぐに見ながら告げられた言葉に理解が追い付かず、間の抜けた返事をするはめになった。呆気に取られ、戸惑った顔をしているだろう。肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて悠然と微笑む顔が憎らしい。

「君の怒ってる顔も、なかなか可愛いものでしてね」
「は?何言ってんですか、あんた。頭オカシイんじゃないですか」
「いえいえ、私は至って正常、極真面目ですよ」

にこにこと常にない程上機嫌で笑っている男の真意が掴めずに、顔を顰める。

「日頃から感情を顔に出すタイプではないようですが、怒りや不快感等は直ぐ顔に出るんですよ、君。気付いてましたか?」
「……」

そんな事はないとも、あんたが苛つかせる事しかしないからだとも言えず、けれど黙ったままなのも言い負かされたようで気分が悪い。

「…用がそれだけなら失礼します。ちゃんと仕事してくださいよ、室長」

当て付けなのか負け惜しみなのか分からない捨て台詞を残して、今度こそ部屋を後にした。些か乱暴な音を立てて閉められた扉の向こうで、それさえも予想通りの反応だと、愉快そうに笑っている男がいるなど知らずに。

「そういう可愛くないところが、可愛いんですよ」

クスクスと笑いながら、言われた通り仕事再開させるために、持ってこられた書類をパラパラと捲り出した。

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