TOV

□VDFYF
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いつも警備の目をかいくぐって窓から侵入を果たすユーリは、帰りも同じように窓から帰っていく。最早ユーリ専用出入り口と化しているそこから、久しぶりに会えた恋人との時間を惜しむ素振りもなく、そろそろ帰ると窓に足を掛けたユーリを名残惜しみながら、見送るフレンをユーリが振り返った。

「あ、そうだ。フレン」

思い出したように声を掛け、同時にポイと投げて寄越されたそれを反射で受け止め、危なげもなく掴んだそれを見下ろし首を捻る。
なんの飾り気もない真っ白な小さな箱。かろうじて箱が簡単に開かないように、両サイドを申し訳程度にテープで留められただけの簡素なそれに、ますます首を傾げた。

「やる」

なに?と目線で問うただけのフレンに、問いと同じだけ短い返答が返る。あらぬ方向を向いたまま答えるユーリはひどくつまらなさそうな、めんどくさそうな顔をしていて、いつも通りと言えばいつも通りの様子なだけに、全く意図が掴めない。

「ありがとう…?」

とりあえず、物をもらったのだからと礼を述べると、言葉に滲む疑問符に気が付いたのだろう。チラリと横目に見たユーリの顔に苦いものが浮かぶ。

「なんだい?」
「別に。なんでもねーよ」

素っ気なく答え、またふいと顔を背けるユーリの横顔と手のひらに収まるサイズの小さな箱を交互に見やる。
全く今日のユーリはよくわからない。思った事を素直に口に出さないのは昔からで、そんなユーリの考えを読めるのは自分くらいだと自他共に認めていたというのに、今では全くわからないことも珍しくはなくなってしまった。そのことに寂しさを覚えないわけではないけれど、仕方がないとも思う。
いつまでも一緒。ずっと変わらずに、なんてものは物語の中だけの話だと、大人になってしまった今ではそんな夢も抱けない。
けれど変わりに、と言っては語弊があるかもしれないけれど、知る努力をするようになった。わからないなら、聞けばいい。

「開けてもいいか?」
「それはもうお前のもんなんだから、好きにすればいいんじゃねーの?」

それもそうだ。しかし、普通にいいと言えばいいものを、どうしてそう捻くれたような言い方しか出来ないのか。それがユーリだとわかってはいても、少々呆れる。
今更そんな態度を取られたくらいでムキになって怒る気にはならないけれど、投げやり気味な受け答えには僅かに違和感を感じる。気にしていない風を装いながら、その実チラチラと盗み見するくらいにはこちらに意識を傾けていることも。
見て欲しいのか、見て欲しくないのか。否、見て欲しくないものならそもそもやるなどと言わないはずだし、そもそもフレンの目に触れさせるわけがない。やると言ったからには見て欲しいのだろう。
けれど珍しく、本当に珍しくフレンの反応を気にしているように見える。
なんにせよ、開けて中の物を見てみないことにはこれ以上のリアクションは取れない。ユーリも見ればいいと言っているのだから、遠慮なく見させてもらおう。
サイドのテープを丁寧に剥がし、被せられた蓋をそっと開ける。
控えめに収まった四つの茶色い塊。箱同様に全く飾り気のないそれに、きょとんと目を瞬かせ視線をユーリに移す。

「ユーリ、これって…」

それ自体がわからないわけではない。フレンが問いたいのは、何故このタイミングなのかと言うことと、これに込められたユーリの意思だ。

「僕に?」
「他に誰がいんだよ。やるって言ったろ?」

拗ねた口調も表情も、フレンにだけわかる照れ隠しでじわりと喜色が湧き上がる。
素直じゃない恋人の素直じゃない感情表現はひどくわかりにくいけれど、それすら愛しいと思える。ユーリのそんなところも、間違いなく好きなところの一つなのだから。

「今年は、もらえないのかと思っていた」
「他のやつらと同じ日に同じことしてもつまんねーだろ」

一瞬驚いたような顔をして、フッと笑ったユーリはいつもの勝気な表情で微笑む。
とうに過ぎたバレンタインデー当日に、ユーリから何ももらえずにひっそりと落胆していたことを知っているのか、したり顔で笑うユーリにはその狙い通りしてやられた。こんな嬉しいサプライズは予想していなかった。
行儀よく収まっているチョコを一つ摘み上げ、口に運ぶ。溶けて口に広がる滑らかな触感と仄かな甘苦さ。ユーリほど甘いものが好きではないフレンのために作られた甘さ控えめのチョコに、ユーリの気遣いが知れる。

「うん、美味しい」
「当たり前だろ。誰が作ったと思ってんだ?」
「そうだね」

フレンの感想に満足したのか、機嫌よさそうに答えるユーリにニコリと笑い、一歩距離を縮める。

「お返しは、何がいい?」
「あ?いらねーよ別に。そんなもんが欲しくてやったわけじゃねぇし」
「そういうわけにもいかない」

頑なに意思を曲げようとしないフレンに渋面を作るが、一度言えば折れることも意見を変えることもしないことは、誰よりもユーリが知っているはずだ。こうなってしまっては、口でフレンに勝てないことも。
終始笑みを浮かべながら妥協の色を見せないフレンに溜息一つで諦め、わかったとでも言いたげにヒラリと手を振る。
無言の了承を得たことでフレンの笑みは深みを増し、更に一歩ユーリとの距離を縮めた。手を伸ばし、ユーリが反応する間もなくその腕を掴む。引かれるがままに倒れこんできたユーリを抱きとめ、背中に回した腕でぎゅっと抱き締める。

「…なに」
「ユーリを帰したくなくなった」
「ってわけにもいかねぇだろ。ほら、離せって」
「いやだ」
「いやだってお前、あのなぁ」

ポンポンとあやすように背を叩きながら、離れさせようとしてくるユーリを更にきつく抱き締め、離さないと告げる。
次にいつ会えるかもわからないユーリと過ごす短い時間は、楽しさに比例して別れる時に寂しさが生じる。だからと言って、こんな聞き分けのない子供のようなわがままを言ってもユーリを困らせるだとわかっているけれど、別れ際にこんな嬉しいことをされて、ではさようならと見送れるはずもない。
多少力を入れすぎたところで相手はユーリ。そうそう堪えることがなければ、フレンの甘えも受け止めてくれるはずだと、遠慮なくその腕に力を込める。

「フレン、苦しいって」

言葉程苦しさを感じさせない声が、苦笑を滲ませている。
別れを惜しんでいるのが自分だけだと言われているようで悔しくもあり、寂しくもある。いつでも、ずっと傍にいたいと思うのは、過ぎたわがままだろうか。

「フレン」

優しく名を呼ばれ、背中に回した腕はそのままにノロノロと体を離して目を合わせると、紫紺の瞳が細められ弧を描いた唇が寄せられる。触れ合わせて離れ、もう一度合わさる。柔く唇を食み、リップノイズを残してしっとりと離れたユーリの唇を追って、フレンの唇が解かれた口付けを乱暴に繋ぐ。

「フレ…っんぅ」

フレンの行動を察したユーリの声は塞がれ、噛み付くような勢いに一瞬ビクリと体を震わせる。口腔に入り込んできた暖かい肉に舌を絡め取られ、執拗に迫る必死さに応じて同じように擦り合わせる。呼吸を奪うようなキスをしながら縋るようにユーリを掻き抱くフレンの首に腕を回し、抱き込むように引き寄せた。
どれだけそうしていたのか、酸素不足に眩暈を覚え始めた頃にようやく口付けを解かれ、ぼやける視界で青い瞳に笑いかけると少しの隙間も許さないとばかりにグッと引き寄せられた。

「…お返し、期待してるぜ?」

こんだけオマケしてやったんだからと嘯くユーリに苦笑を返し、ゆっくりと体を離す。

「今度は、出来るだけ早く会いに来てくれると嬉しいな」
「がっつく男は嫌われるぜ」
「嫌われるのは困るけど、ユーリにだけだ……待ってるよ」

絡め取った手を持ち上げ、その平に恭しく口付け、

「覚えてたら、な」

悪戯っぽく笑うその唇を、もう一度塞いだ。

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