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□俺のために生きてほしいの
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先輩の左目にある大きな傷痕。
隊長が原因らしいその刀傷は、時々思い出したかのように痛むらしい。
地球の気圧の変化だろうか。
痛みに顔をしかめる先輩を、地球に来てから何度となく見てきた。
思わず触りそうになる手を、いつもすんでのところで止める。
当然、先輩は不思議そうな顔で俺を見るわけで。
「…クルル、どうした?」
「……さァ?」
「さァ…って」
「…先輩」
「なんだ?」
「…先輩」
「……クルル?」
「……ギロロ、先輩」
「どうしたんだ、一体」
苦笑しながら抱き締めてくれた先輩に縋るようにして背に腕を回した。
先輩を見れば、あちこちに傷痕があるのが分かる。
切り傷、銃弾での傷、擦り傷、他にもたくさん。
前線兵、しかも機動歩兵なら当たり前の傷。
先輩のそんな傷を見る度に、なんだか凄く不安になって泣きたくなる。
「……先輩」
「ん?」
「…先輩は……なんで機動歩兵になろうと思ったんスか…?」
怪我なんて当たり前で、死ぬのだって…。
「…なんで…って…まあ、家系もあるな」
「……も?」
「ガルルに憧れて、って言うのと、ちょっとした嫉妬心だな。ガルルは何でも出来たから、悔しくて。同じ軍人になって抜かしてやろうと思った」
「ククク…ブラコン。結局越えられてないじゃん」
「…煩い」
先輩の声色が僅かに変わる。
…あ、気にしてたんだったな。
まずい。先輩傷ついたかも。
…先輩案外傷つきやすいんだよな。
あんまり先輩の事傷付けて、嫌われんのは嫌だし…フォローしとくか。
「…ウソですって。先輩、ガルル中尉なんかより、凄いですよ」
「は。気を使うなんて珍しいな」
「……先輩」
「俺はまだガルルを越えられない。…アイツにはまだ、勝てない」
「……傷だらけになっても、ガルル中尉に勝ちたいから、機動歩兵辞めないの?」
「まあ、そうなるな」
「……機動歩兵って…死ぬリスク高いッスよ」
「そうだな」
「死んじゃうンスよ…」
「貴様も軍人ならそれなりの覚悟は出来ているだろう?…まあ、お前が死ぬときは俺も一緒だと思うが」
「…ガルル中尉に勝つためなら、死んでもいいの…?」
「……クルル?」
ぼろぼろと、涙が止まらない。
顔を見られたくなくて、ギュッとしがみついた。
「…先輩…どうして…もっと生きたいとか思わないの?」
「…それは、いや、俺だってな」
「怪我すんのも、死ぬのも、当たり前って思ってんの?…そんなの、おかしい」
「…クルル…」
「怪我してる先輩見て、俺がどんな気持ちでいるか知ってる?先輩が危ない戦い方してる度に、俺がどれだけ心配してるか知ってる?」
「…クルル」
「…信じて待つなんて、そんな事俺には出来ない」
「クルル…」
「…死んじゃ…嫌だ…っ」
軍人辞めろなんて言わない。
言わないけど、でも、不安なんだ。
「…クルル…」
「…っ」
「……軍人として、戦死するのは誇りに思うべき事だ」
「……な…っ」
また涙が溢れる。
先輩が無理矢理顔を見るためにしがみついた俺の腕をほどく。
泣いた顔を見た先輩が、優しく笑ってキスをしてきた。
「んっ…ぅ」
「…クルル…俺は、死ぬのは怖くない」
「…っ!」
「…でもまあ…ガルルの為に死ぬみたいで確かに嫌だな」
「……先輩?」
言葉を待つが、先輩は顔にキスを降らしてくる。
くすぐったくて身を捩れば、先輩はキスを止めて優しい顔で俺の目を見ながら言った。
「…クルルが言うなら気をつけよう。危ないことはしない」
「……っ!」
「だが、お前を守る為に死ぬのは、個人的には本望なんだが」
「っ!そ、そんなの嬉しくねェ!」
「だろうな」
「……うー…っ」
「悪かった。…クルルを残して死んだりせん」
「……先輩…」
…ああもう、また涙が溢れてきやがる。
先輩は苦笑して、何度も何度もキスを交わしてくれた。
「ふっ、ぅ、んんっ」
「お前を一人になんかしない」
「っ、んぅっ、せんぱい…っ」
「クルル…だから泣くな。な?」
「…っん」
俺のために生きてほしいの
俺もアンタのために生きるから