□きっとクスリの副作用
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困ったことになりやがった。


そういう顔を見せたクルルに、思わず溜め息が零れる。


「(俺だって最悪だ)」


キャンプと称してサバイバル訓練に連れ出した連中は、いつの間にか広い敷地で離れ離れになっていた。

気付いたら、後ろにいたのはカレー野郎。

他の連中とは、電波が悪いのか連絡すらとれない。


「(よりによって何でコイツなんかと)」


クルル曹長。

やる気さえあれば、素直に認めてやれる程の頭脳と技術を持つ男。

だが、性格がとことん嫌な奴で、俺とはぶつかることが多かった。

嫌いじゃないが、正直苦手意識はある。

そんな奴とこんな状況下に二人きり。


「(…同じ後輩ならタママの方がだいぶましだ)」


再び溜め息。

とにかく早く合流しなければ。


「クルル、俺たちまではぐれるのはまずい。縄で縛るからな」

「え、何のプレイっスか。過激〜」

「ばかもん!そういうことじゃないわっ!」


まったく、とぐちぐちこぼしながらクルルと俺の腹に縄を付ける。

それから今ある道具や食料を確認した。


「…ナイフ、銃弾は問題無いな…」

「カレー食いてェ」

「そんなもんない」


クルルを一睨みして、食料に目を向ける。

…食料は、一人分しかない。

食料を探すが、手頃なものは木の実くらいだ。


「(ドロロ辺りなら、直ぐに見つかると思ったんだが)」


暫く歩いて、連中を探しながら心の中でぼやく。

しかし行けども行けども、誰一人見付からない。


「(そろそろ日も暮れる…あまり動き回るのは得策では無いな)」


ちらりと、クルルを盗み見る。

昼間の訓練もあって非戦闘員のクルルは相当疲労が溜まっている様子だ。

口には出さないが、疲れきった表情を隠すほど余裕はないらしい。


「…仕方ない、今日はここで野宿だ」


俺の言葉に、クルルの顔が僅かに和らぐ。

これ以上動き回るのは体力的にキツいのだろう。

縄を解いて、簡易なテントを作る。

寝袋は一つだが、これは仕方無い。


そんな時、情けない腹の鳴る音が聞こえた。


「…クルル」

「………」


気まずそうに顔を逸らすクルル。

明日のことを考えれば、クルルに倒れられては困るのは俺だ。

食料は二人で分けれるほど無いのだから、クルルに食べさせるのがいいだろう。


簡易な食事を作って、クルルに差し出す。

クルルは驚いた顔で俺を見た。


「……あんたの、は…?」

「木の実がある。いいから食え」

「………」


無理やり受け取らせ、小さな木の実を口に入れた。

お世辞にも美味いとは言えないが、食わないよりはましだろう。

少量の木の実を食い尽くして、狼煙を上げる準備をする。

何気なくクルルを見ると、クルルは食事を手にしたままで俺を見ていた。


「……なんだ、一体」

「………」

「さっさと食って寝ろ。それとも何だ、こんな状況下でカレーじゃないからと駄々をこねるつもりか?」


カレーは無いぞと念を押すように言えば、クルルは何か言いたげにしながらもゆっくり食事をし始めた。

一人分とは言えど、そんなたいした量でもない。

一般男児の食べる量の半分くらいしかなかった。

アッと言う間に食べたクルルは、狼煙を上げ始めた俺の隣にちょこんと座り込んだ。


「なんだ。食ったなら寝ろ」

「……寝袋一つっスけど」

「俺は見張りをしているから構わん。いいから寝ろ」

「………」

「疲れた顔をするくらいなら、いつもの嫌みな顔をしていろバカモン」


小隊長が居ない今、この状況で正しい判断をしなければならないのはサバイバル訓練に長けている俺だ。

体調管理だって気をつけてやらなければならない。

未だに動かないクルルを見れば、何故だか真っ赤な顔をして俯いていた。


「…どうした?熱でもあるのか?」

「クククッ………男前すぎて恥ずかしくなっちまっただけっスよォ」

「ハア?」

「…頼もしいスね、ギロロ先輩」


……頼もしい…?

俺は幻聴でも聞いたのだろうか。

クルルが俺を、頼もしいなど。


思わずクルルを凝視すれば、いつもの嫌みな笑顔じゃなくて。


「(――――……ん?)」


どきり。

大きく脈打った。


顔を俯けながら頬を僅かに染めて、はにかんでいたクルル。

それを見ただけで、何故だか変な気分になった。


「(な、なんだ、一体、どうしたと言うんだっ)」


どきどきと高鳴る胸。

慌てて視線を外したが、一向に治まらない。

原因はさっぱりだが、とにかくクルルをさっさと寝かせてしまおうと立ち上がった。


「…クルル、もういいから寝ろ」

「……俺様、枕変わると寝れなくてェ」

「知るか、そんなの」

「………あんただって、疲れてんじゃねェの?」


――ああ、くそ。

なんだって今日に限って、コイツは人を気遣うんだ。
いつものように我先にと寝てしまえばいいのに。

どうして突然しおらしくなる。


「…いいから、クルル」

「じゃあせめて、コイツ飲め」

「んぐぉっ!?」


ガッと口に押し込まれた、栄養ドリンクのようなもの。

味は、何とも言えない奇妙な味。


「…な、んだコレは」

「……疲れ緩和栄養剤みてェなもんだ。試験段階のモンだがなァ」

「…は…?」

「…オヤスミ」


クルルから飲まされたソレ。

確かに、疲れがみるみるうちに消えていく。

本当はクルル自身が飲むためのものだったのだろうか。

それを何故、俺に。

お前の好きな嫌がらせにしては…お粗末じゃないのか。


どきどきと騒がしい鼓動。

もしかしたら薬の副作用でもあるのかと思ったが、ちっとも無い。


逃げるように寝袋へと移動してしまったクルルを、思わず見つめてしまう。

寝付きが良いのか、それともやはり相当な疲労が溜まっていたのか、俺が戸惑っている間に寝てしまったらしい。


小さく上下する寝袋と、何故だか丸まって寝る寝相と、年相応かそれ以下に見えるあどけない寝顔。

見ていたら、ますます動悸が激しくなった。


「(…い、いかん、早く…)」


早く目を背けなければ。

なのに、何故だか逸らせない。

…ああだめだ、俺は…


「―――……すまん」


小さく謝って、僅かに開くクルルの唇にキスを一つ。

僅かに身じろいだクルルからすぐに離れ、また狼煙へと向き直る。


「……どうかしている」


男に、クルルに、こんな事。


「(…案外、柔らかいんだな)」


顔が熱い。

動悸も苦しい。


もう一度だけしたい。


クルルに、もう一度…。


「(……起きたら、薬の副作用だと言い訳しよう)」


変な気分も、クルルへの不思議な感情も全部。


……ああだが俺は、明日からいつものように接することが出来るだろうか。

この感情は分からない。

分からないが、……多分、クルルの見方が変わると思う。


「……クルル」



少しの罪悪感と、治まらないこの感情を胸に。


優しい優しい、キスをした。

















「……先輩、目の下の隈どしたんスか。薬効果無かったかい?」

「えっあっ、そ、そうじゃない気にするなっ!」

「………?」

「(気付かれてないのが悲しいやら嬉しいやら…)」





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