□キミの隣にいる日を夢見て願ってた
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笑った時の声が好きだ。

上機嫌な顔を見ると、思わず見惚れてしまう。


カタカタとタイピングをする音が好きだ。

真剣だったり楽しそうだったりする横顔を見ると嬉しくなる。


名前を呼ばれて、ぶっきらぼうな反応しか出来ない俺を許してほしい。

急なことに心臓が苦しくなって、言葉がつっかえるからなんだ。


真っ直ぐ見られると目を反らすのは嫌いだからじゃない。

見られると頭が真っ白になるんだ。心臓が更に苦しくなって、たまらなくなるんだ。


クルルの事を考えるといつもの自分で居られなくなる。

夏美の時に高ぶっていた熱い気持ちと、似てるようで違う感情。






明くる日。

空は大粒の雨水を降らせ、肌寒い朝。

じめじめとした湿気に多少なりとも体の具合が良かった。

湿気で武器が痛まぬよう整備し、定例会議のため地下に降りる。


「ギロロ先輩」

「!」


降りて直ぐ、背後から聞こえた声。

どくりと血の巡りが活発化し、顔が赤くなる。
それでも何とか振り返った先に、やはりクルルが立っていた。


「おはよーございますー」

「…ああ、おはよう」

「くっく、台風らしいっスよ、今日」

「……そうか」


クルルが隣に立ち、歩く。

無意識にクルルの歩幅に合わせ速度を合わせてしまった。


「えい」

「っ!?」


突然、腕が冷たいものに触れた。

触れた、というか、クルルに掴まれたというか。


「なっ、なにを」

「あったけ」

「人の腕で暖をとるなっ」

「いやあ、手がかじかむと作業出来ねえからよォ」


クルルは笑いながら、腕を掴む手を下げ手を握る。

握られた手に、思わず息を飲んだ。

いつの間にか歩みも止まり、忙しなく鳴る心臓を落ち着かせるために必死な俺を知ってか知らずか、クルルは両手で俺の手を握る。


「あったけーなァ」

「…っ、おい…クルル、離せ」

「やーだね」

「な、おいっ」

「ククッ…もうちょいで手が暖まるからよォ」

「……っ」


クルルの柔らかい手が俺の手の平から熱を奪う。

それなのに熱い手は、冷めることを知らない。


「……冷たい手だな」

「ク?…ああ、まあ冷え性なもんでよ」

「………」


クルルのこんな小さな手からあんな兵器が作り出されるのかと思うと、不思議な感覚がした。

俺の手よりか弱いのに、細いのに。


「…ギロロ、先輩…?」

「……暖まっただろう、充分」


クルルの呼び掛けにハッとし、手を振り払って再び歩いた。

…ああくそ、クルルの手の感触が離れない。


「ギロロ先輩、どこ行くんスか」

「!」


パシッと、振り払ったはずの手が再び俺の手を掴むクルルの手。

慌ててクルルを振り返れば、クルルが笑いながら指をさす。


「会議室、通り過ぎてますよォ」

「なっ……先に言わんかっ」

「最初に手ェ掴んだっしょ」

「分かるかっ」


もう一度手を振り払い、来た道を戻ろうときびすを返す。

だがまたしてもクルルがそれを阻んだため、俺の足は止まった。


「くっく、なにボケッとしてんスか。最近、集中力欠けてんじゃねェの」

「そ、んなことは……いいから離せっ」

「なんか悩み事かい。看護長さんにでも診てもらったらいいんじゃね」

「いや、だから、別にそんなんじゃ」

「……てゆーか、さっきからなんで目、合わせねえんだ」


クルルの静かな声に、うっかり顔を上げ目を合わせてしまった。

薄ら笑いの消えたクルルの表情は、少々不機嫌そうに歪められ俺を見つめる。


「……気のせいじゃないのか」

「ほら、また逸らしやがった」

「…………」

「…最近のあんた、なんか変だぜ」


掴まれた腕が離れ、クルルが横を通り過ぎる。

どくどくと心臓が鳴る音が頭に響いた。苦しくなって、拳を握る。


「…クルル」


絞り出した声は、低く、情けなく震えた。

クルルの足音が止まり、振り返った気配がする。


「一つだけ質問がある」

「ク?」

「…言いたくて、たまらなくて、苦しくて…だがもし言ってしまったら、告げてしまったら、関係が崩れて二度と顔合わせ出来なくなる場合、お前ならどうする」


好きだと言ってしまったら、お前は嫌な顔をするだろう。
二度と会話をしてくれなくなるだろう。

それが分かってても尚、気持ちを伝えることが正しい判断なんだろうか。

黙ったまま、関係を崩さないでいた方が正しい判断なんだろうか。


「……よく分かんねえんだが、それはつまり、相手のことを大事にしていたいのか、自分のことを大事にしてえのか、ってことかい?」

「………」

「だったら、俺は自分の事しか考えねェ生き方しか出来ない。相手のために、なんて選択は出来ねえよ。…結局、自分の身のかわいさのためにな」


ふと、クルルの声色が沈んだ。

何かクルルにも思い当たる節があるんだろうか。


「(…自分の保身か、相手を思うか、か)」


自分のはやる気持ちを告げて楽になるか、言わない方がクルルはしあわせだろうか。
関係が壊れてしまうのを避けるために黙っておくのも保身か。


「……クルルは、つまり、言わない、というのが正解か」

「ものによりますがね、まあ半分正解ってとこかねェ」

「………」


言うか、言わないか。


「……クルル」


言ってしまったら、もうこうして会話が出来なくなる。

二度とクルルは、俺の手に触れなくなる。


今はその時だろうか。違うんじゃないだろうか。


「…俺も、今は言わないでおく」

「くっく、そーっすか。それって、いつかは言うってことっスよね?」

「……そうだな、いつかは」

「それは誰に?…なんて、野暮だな。ククッ、健闘を祈るぜェ」

「………」


クルルが手を振り、会議室へとゆるゆる歩く。

その背が小さくなるのを見てから、小さく溜め息をついた。


「…そうだな、いつか……お前に」


好きだと、言える日が来ると良いな。






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