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□気になって追いかけた、その先に
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優しくされたかと思えば、冷たくされる。
慣れたもんだ、こんなサイクル。
笑顔が見たくて手を伸ばす。
けどあの人が笑顔になるのは、決まってあの女が幸せであるとき。
あの女が笑えば、あの人も笑う。
あの人が笑えば、…俺も笑える。
モニター越しで見る笑顔は優しく、温かい。
あの笑顔はモニターから見るのが一番いい。
直接的に、近くでは見てられない。
女々しい話だ。
視線の先には俺がいなくて苦しくなるから、モニターからであればこっちを見ながら笑うから、目が合わなくてもこっちを見てくれてるみたいだから、モニター越しでしか見れないなんて。
俺が居るとあの人は笑わなくなる。不機嫌そうに睨まれて終わり。
話しこそすれ、その顔は崩れることなく仏頂面。
嫌いなら嫌いで構わないが、少しはかくしてほしいところ。
あの人を好きになる前の俺はどんな風にあの人に接していたのだろうか。
もう思い出せないくらい長い間、あの人を好きでいる。
俺のいたずらに一番構ってくれた人。
何かと気にかけてくれたり、俺の悪行を叱咤し、時には褒めてくれることもあった。
気が合わず犬猿の仲と呼ばれたが、それでもあの人は俺を無視することはなく、ちゃんと側にいてくれた。
何かで読んだが、人は本当に相手が嫌いなら反応もしないし叱咤もしないで空気のように扱うらしい。
そうされないのは少なからず好きでいて、気にかけてくれているのだと。
その情報に嬉しく思っていたのはいつだったか、そんな事はとっくの昔に忘れたが、その情報はあの人に関して言えば例外的なのではないだろうか。
あの人は本当に俺が嫌いで、ただ仕事上、連携を崩すわけにもいかず協力せざるをえない状況であるから我慢して接しているに違いない。
優しい部分があの人にはある。
甘さというか、とにかくその暖かな部分があるから接してくれているのかもしれないし、仕事だと割り切っているから接しているのかもしれない。
好きでいるのは俺だけだ。
あの人に優しくされ、構ってもらえたことを嬉しく思って大事に胸にしまっている、愚かな俺。
地球に来る前はもう少し楽しかった。あの人を振り回すのは俺だけだったし、あの人の注意を引き付けあの人の視線を独占していたことも少なくない。
なのに、地球にきて、あの人と再会した時は――――…ショックだった。
信じられず、最初の頃は何とか気をこちらに向けようと普段ならやらない幼稚ないたずらをして見せた。
結果、やはりそれはあの人に芽生えてしまったらしい恋心を深めるだけで。
遠くなってしまった。あの人が。
いたずらをしてあの人が構ってくれても、俺の心はもうあの頃みたいに満たされはしない。
虚しさだけだ。いたずらをすればするほど、あの人は遠くにいく。
だからいたずらはやめた。
いたずらではなく、あの人の為にやれることをしようと決めた。
侵略的行動をすればあの人はついて来る。
あの人の恋い焦がれる女を助けさえすれば、あの人は笑う。
あの人と居られれば幸せ。
あの人が笑って居られれば幸せ。
なのにちっとも俺の心は癒えなくて、ますます凍っていく。
そして気付くと最近、二人きりになる時間は増えていた。
侵略の為の逢瀬だが、やはりそれでもあの人の声色は極めて低く、ふざけようものなら殴られるような雰囲気で、ともかく俺は望んでいたはずのこの時間が苦痛で、二人きりになるのは極力避けたい状況だったりする。
無意識にあの人から距離をとり、話を早く終わらせようと努めた。
好きな人と一緒にいられるというのに、あの人が冷たく接するものだから心が冷え切って泣きたくなる。
今日も何やかんやと侵略会議の後、あの人に呼び止められて二人きり。
平静を保とうとしつつ、近いような気がする距離感にどきどきした。
「クルル、これはどうだ。使えそうか?」
「…あァ、コレは前に使った奴を応用して…計算上は可能っスよ。ただ使い方次第」
「なら俺が使おう。俺の使いやすいように出来るか?」
「くっく、モチコース。誰に物言ってるんすか先輩」
「……」
あ、睨んできた、しくじった。一言余計だったか。
生まれ持った性格の悪さと減らず口。どうにかならないかね、治す気はないが先輩の前でくらい可愛くできないもんか。
「…じゃあ3日くらいで仕上げておきますんで、試運転時はヨロシク」
「……ああ」
これ以上機嫌を悪くさせる前に会話終了。さっさと切り上げられた。
さてこのあとは会議資料をまとめて本部に報告したあとに武器の新調か、かったりい。
そんな時、見慣れた名前から連絡が入る。
『クルル、今平気?』
「睦実か…くっく」
相手は睦実。さして珍しくもない相手に気を緩めた途端、背後から伸びてきた赤い手。
「悪いが取り込み中だ。急ぎの用件なら手短に言え」
顔のすぐ横から聞こえる声。
今にもノパソの電源を落とすかのように伸ばされた指、俺の肩に乗る手、触れてる体、近すぎる距離。
理解するなり思考回路が停止した。
『あれ、ギロロ?珍しいね一緒なんて』
「くだらん用件なら切るぞ」
『え、いやー、今日良かったらご飯でもどうかなって』
「夏美でも誘え。あいにくだがクルルは俺との約束がある」
あまりに急すぎる話に先輩の顔を見るのと、電源が切られるのは同時。
「………約束なんかしてましたっけ?」
「…今から約束すればいい」
「…いや、ていうか…」
なんでこんな近えんだ、なあ。
それよか夏美を差し出すような真似して、いいのかい。
「…睦実と食事に行きたかったのか?」
「は?」
「………クルル」
え。え、え、ちょっと待て。
電源に伸ばされた手は俺の手を握る。
意味が分からない、距離を取ろうとしても肩を抱く手がムカつくほど力強く引き寄せてきた。
待て、なんで、先輩はどうしたってんだ。
これは俺が恋心を抱いてなければ気持ち悪がられてとにかく何か、いやほんと、ちょっと待て。
「…せ、先輩、近……っ」
「……お前は、いつになったら気付くんだ」
なにが。
ああ、待て、だから、近い。顔、近いっつの、これじゃ、これ…。
「…お前はいつも、そういう表情をする」
「く…?」
「……抵抗しないんだな」
言うな否や、唇がくっついた。
息が止まる。体が固まって、俺は今状況を把握するのと言葉の意味を理解するのに必死で。
離れた唇、ひっ、と短く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「……クルル」
「く、ひ…」
脳内で導き出した答えがある。
決定的な行動はされた、これは確定だろうか。
けれど決定的な言葉は無い。
苦しい。分からない。泣き出してしまえば楽だろうか。
「……また、その表情だ…気にならないわけがないだろう、そんな表情されたら」
「……へ…?」
「………好きだ。クルル、お前が…好きだ」
「…!」
決定的な言葉、だ。
意味が分からない、いったいいつから。
夏美を好きだったはず、それはどうした。
混乱して呆けてしまう。何か言うべきかもしれない、けど、慣れてないから何を言っていいか分からない。
体も動けないまま、ただ先輩を見つめる。
先輩が言った好きという言葉を、素直に受け取っていいのかい。
だってこれは夢かもしれない、こんな都合いいことがあるもんか。
夢だ、これは。
「…逃げも、抵抗も、しないんだな」
「…く」
「……脈あり、と、受け取っていいか?期待してもいいか、クルル」
切なげな目。そんな表情でさえ男前。
答えたい、これが夢でもいいから、寧ろ夢であるならこそ、俺も好きだと言いたい。
「……っ」
握られた手を握り返す。
口は開くが声が出ない。
言いたい、言いたい。
「クルル」
「…せ、んぱ、い」
「…なんだ」
「……ぎ、ろ…ギロロ、せんぱ、い」
「ああ」
名前を言うのもやっと、ああ、俺って結構土壇場になるとかっちょわりい。
本番には弱いタイプだったか?
いや、これは違う、今まで経験してこなかった状況だ、対処しきれないだけ。
繰り返し名前を呼ぶだけが精一杯な俺。
そんな俺を優しく笑って返事をする先輩。
「…ギロロ、せんぱ…」
「ああ、クルル」
「……す、…」
「……ああ」
「……っ」
好き。好き。
頭では分かってる、言いたい。
口が空気を吐く。好きの二文字を、口の形がかたどるだけ、声には出ない。
それでも先輩は満面の笑みで俺を抱き締めた。
「好きだ、クルル。好きだ」
「せ、ん…ぱ」
「お前は俺と居るといつも思わせぶりな態度をとる。なのに何も言わない。…そのくせ、離れようとすると表情を崩す……気付いたら、気になって仕方無い」
「……く…」
「……クルル」
どきどきしてる、俺も、多分先輩も。
そりゃそうだ、俺が知る限り先輩はこういうことは苦手で、その証拠に手は震えてる。
顔だって赤い。
俺相手だから、こんな大胆なんだろうか、と考えて、余計恥ずかしくなる。
告白に言葉で応えてやる代わりに、そっと俺も腕を回して抱き締めた。
気になって追いかけた、その先にキミが居た
手繰り寄せて、ようやくキミを捕まえた