□夢で見るよりも心地良く
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本当は、先輩があの女に芋を焼く行為は好きじゃない。

でもそれを咎めたとしたら、先輩の幸せな時間は無くなってしまう。

俺と居る時間を増やしてほしい、なんて言えない。

先輩は俺と居るより、他の誰かと居る方がリラックスしているから。


恋人になった。
有り得ない奇跡だった。

好きだと、あの人が言って抱き締めてくれたのが夢だったんじゃないかと思うほど、それは突然だった。


唇を寄せた。身体も繋げた。


ただ、それはその想いを確かめ合った一回きりだった。


夢であったと疑うほど、それからは二人きりになってもちぐはぐした会話だけで、まるで何もなかったかのように。


モニターで見る日々は変わらない。
こっそり会いに行っても、先輩はあの女と居ることが多かった。

先輩の幸せな時間を邪魔したら睨まれてしまいそうで、それがやっぱりあの日のことは夢であったのだと肯定せざるを得なくなるような気がして、足は物陰から動けなくなっていた。


夜眠るときに、夢を見るのが怖かった。

夢で先輩が俺を抱き締めて愛を囁き、幸せな気分にしてくるから。
起きた時、それが夢であったのだと分かると、ひどく悲しかったから。


夢を見ないよう、寝ない日が続いた。

時に体が悲鳴を上げれば薬を使いごまかした。
いつしか不眠症になったが、それは別に構わなかった。
食欲も衰えて、栄養剤だけを口にした。

どれくらいそうしていたか、1ヶ月があっという間に過ぎていた。

1ヶ月の間に会議があり何度か先輩と顔を合わせる機会もあったが、目が合うことも会話を交わすことも無かった。

それを、寂しいとか、つらいとか、悲しいと叫ぶ自分と、どこか諦めている自分さえいた。


今日も会議がある。

仕方無く椅子から立ち上がったら、力が入らなくてその場に崩れ落ちてしまった。


痛い。


「………ギロロ先輩…」


口から零れた好きな人の名前。

呼んだところで、来ない名前。


会議に遅れれば誰かしら連絡してきて、様子を見に来るだろう。

その時に先輩が居てくれたら、なんて思って、虚しくなった。


――結局、来たのは俺の補佐役のアンゴル娘と隊長で、俺はやっぱりなと笑ってしまった。















「最近、クルルやつれた気ぃしない?」


幼なじみの声が、テントの前で銃を磨く俺に向けられた。

顔を上げれば、ケロロは洗濯物を干している。


「……確かに、顔色もよくないな」


会議で顔を合わせるたびに、いつもの元気がないクルルに、俺も気にはなっていた。

伸ばし掛けた手を引っ込めるほど、クルルは何か悩んでいるようにも見えた。


「こないだクルルが倒れてたって言ったじゃん?なんかやけに軽くて、一瞬死んじゃうのかと思っちゃったであります」

「………」


ああ、覚えてる。
その話を聞いたとき、ひどく心臓が忙しなくて嫌な汗をかいた。

本当は俺も行きたかった。
だが、怖くて。


「病気かなあ…プルルちゃんには充分休ませれば大丈夫って言われたけど、でもさあクルルの奴、休みゃしなくて」

「…?休んでいないのか?」

「なんか分かんないけど、寝たくないんだって。一心不乱に変なもん作ってるか、パソコンかたかたしてる。食事はモア殿に管理して貰うようにしたから食べてはいるでありますが」

「……大丈夫、なのか、それは」


また倒れたらどうする。
何故寝ないんだ、体に悪い。


「…大丈夫じゃないだろうけど、ていうかギロロ。あのさ」

「なんだ」

「クルルと何かあったっしょ」


いつの間にか止まっていた手からケロロに視線を移すと、ケロロはどうも訝しんだ顔をしていた。

答えられない俺を見て肯定と受け取ったらしいケロロが、大袈裟にため息をつく。


「何があったか知らないけどさぁ。…あの時、倒れてたクルルがね、我輩たちが来たときにちょっと悲しそうに笑ったんであります。どうしたのって聞いたら"やっぱり先輩は来てくれないんだな"って…ねえ、先輩って、ギロロのことっしょ?」

「……!」

「喧嘩でもしたでありますか?クルルがぶっ倒れるなんてよっぽど……って!ギロロっ、どこ行くでありますかっ!」


背に受けるケロロの声。

振り返ることなく、俺は足早にクルルが居るであろうラボに向かった。


――1ヶ月ほど前。

クルルと、愛を交わしあった。

夏美を好きでいたはずなのに、気付いたらクルルばかりを追い掛けていた俺。

クルルもまた、俺を好きでいてくれたらしい。
抱き締めて、キスをして、愛した。

ただ、それは夢だったんじゃないかと思うほど、クルルは素っ気ない態度だった。

夢だったのかもしれない。確かめるのが怖い。


そうしているうちにいつの間にか、前よりもクルルとの距離が遠くなっていた。


クルルのラボに辿り着いて、深呼吸。


「…く、クルル、俺だ。開けてくれ」

『………なん、すか?』


閉じられた入口に声をかければ、久し振りに聞いたようなクルルの声。
元気がないような気もする、その声に眉をひそめながら扉が開くのを待つ。
話がある、と告げればややあって扉が開いた。ああ、なんだか心臓が煩い。


「クルル」


中に入っていつものクルルの定位置である椅子に目を向けるが、クルルは居ない。

ラボを見渡し、不自然に開いたふすまを見れば中からクルルの姿が見えた。


「…く、クルル?どうした」

「……ああ、身体だるくてよ…ところで何用だい?」


目が合わない。それどころか、早く帰れと言わんばかりの態度だ。

それに悲しみを覚えながらも、先刻のケロロが言っていた言葉を思い出してクルルの布団へよじ登る。
当然クルルが驚いて押し返そうとするが、弱々しい力で適うはずもなく難なく押し入れに侵入した。


「な、なんスか…」

「……クルル、俺はお前とちゃんと話をしようと思う。いつまでも、ギクシャクしてるわけにもいかんからな」

「…!」


一瞬、不安げな顔をしたクルル。

…そんな反応をされては、期待してしまうではないか。

高鳴る胸を悟られないようゆっくりとクルルの手を掴み、クルルの頬に手を添える。

俺たちは恋人なんだ、確かに愛を交わしたはずなんだ。
恋人という言葉が些かくすぐったい気もするが、俺はそうありたいと思ってあの時伸ばされたこの小さな手を握ったんだ。


「…せんぱ、い」

「クルル…好きだ」


俺の気持ちを、受け取ってくれるだろうか。
あの日のことは夢ではなく、そしてクルルも、俺のことを。


「…ギロロ、せんぱい…」

「あの日、お前を抱いたのは気紛れなんかじゃない。好きと言ったのも嘘じゃない」

「……」

「……俺はお前との関係を、一夜限りにしたくないんだ」


今更、何を言っているのかと言われそうだ。
1ヶ月の間、お互いにギクシャクして会話もしなかった。
照れもあったが、ただあまりに実感がわかなくて、突然変わった関係にどうしていいか分からなかった。だがそれは言い訳だ、俺に意気地がなかった、それだけだ。

クルルは顔を真っ赤にしながら、なんだか泣くのをこらえているように見えた。
ゆっくりと顔を近づけ唇を寄せたが、クルルは抵抗せずに受け入れてくれる。

唇を離せば、クルルは静かに涙を流していた。


「クルル」

「…夢、じゃ、なかったんだな」

「ああ…ずっと一緒だ、クルル。今まで、悪かった。…不安にさせたか?」


僅かに俯くクルルに、少し心が痛くなる。
抱き寄せて、もう一度キスをした。

クルルの小さな手が、俺の背中にすがりつく。


「…っは…クルル」

「…ギロロ先輩……好き」

「ああ、俺もだ。クルルが好きだ」


抱き締めて、小さな肩に口づける。

クルルがギュッとしがみついてきたのを合図に、ゆっくり押し倒した。


「…くそ…泣かせやがって、ふざけんな、好きならもっと構えよな…」

「…すまん、悪かった…」

「………いい、許す」


だから、ずっと一緒に居て。そう小さく言われた言葉に、愛おしさが募る。

ああ、もう夢じゃない。夢で終わらせたりしない。
何があっても、手放しやしない。

愛おしい人を腕に抱き、そう誓いながら口づけを交わした。














キミを愛すよ

誰よりも深く、一心に



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