□もう少し
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ギロロ先輩。

信じて良いかい、あんたのこと。

あんたとの未来を、考えてもいいんだろうか。

それほどまでにあんたのことが大好きなんだって、伝えてもいいかい。


なあ、ギロロ先輩。

あんたを信じて、もう俺は独りにならないって、思ってもいいかな。
























「クルル、こんな所にいたのか」

「ク?」


日向家敷地内、日向家の畳の部屋。

襖が開いたかと思えば先輩。
俺を見て少し安心したような顔をして俺に近付く。


「探したぞ」

「何か用かい?」

「いや、別に」

「…クル…?」


なんだそりゃ。
ギロロ先輩をじっと見つめたが、特に言葉を発するわけでもなくただ優しく笑って俺の頭を撫でる。

意味が分からない行動だ。
でも煩わしいとは思わない。
胸がじんわり暖かくなって、少し気恥ずかしくなった。

目をそらせばギロロ先輩は俺の隣に座り込み、ぴたりと体を寄せてくる。


「…なんスか、暑苦しい」

「え。…あ、ああ、すまん…」


ほんのわずかに頬を赤くして照れたように苦笑い。

ゆっくり離れたぬくもりに、少し寂しくなった。


「クルル、作業の邪魔にならないようにするからここにいても良いか?」

「へ?あ…ああ、まあ…」

「そうか」


嬉しそうな顔をして、武器を取り出すギロロ先輩。
分解、武器磨きやメンテナンスをし始める。

俺に背を向け作業を始めた先輩を横目に、先ほどまでやっていた仕事に取り掛かることにした。

しばらく沈黙、室内にはカチャカチャと武器の音。キーボードを打つ音。
静かなもんだ。この部屋は本当に日向家の一角なのかと疑うほどに。


「………ギロロ先輩」


なんだか急に寂しくなって、つい名前を呼んでしまった。

作業の音は止まないまま、声だけが返ってくる。


「なんだ?」

「……もう少し、寄ったら」


音が止んだ。
ゆっくり振り返った先輩の顔は、心底ビックリしたような顔。

言わなきゃよかったな。らしくない。

顔を逸らせば、暑苦しい気配が近寄る気配がした。


「クルル」


耳元で声がしたかと思えば、肩に回るごつい手。

なにしやがる、と顔を上げると思ったよりも近い顔に言葉が詰まる。
先輩の嬉しそうな顔が見えた。


「少し休憩しないか」

「………ク」


開いてる手が、俺の手を握る。

俺の手なんかより硬くて、傷だらけで、あったかい手。


こんな暖かい気持ちは今だけじゃなくて、ずっとずっと死ぬまで続いていくんだろうか。
もし今だけなら、この手を握り返さない方がいいんだろうか。

しあわせになりたいというのは、傲慢だろうか。


「…せんぱい…」


握り返したら、離さないでくれるかい。
この肩を抱く手は抱き寄せてくれるかい。

ずっと、死ぬまでずっと。


「…明日なんてこなきゃいいのにな」

「なんだそれは」

「何でもねーよ」


このまま時が止まればいいのにな。この日が続けばいいのにな。

そうしたら先輩はまた俺を探しにやってきて、こうして側にいてくれる。

いつか隣に居なくなる未来なんて、来なければいいのに。


こんな重苦しい気持ち、知られたら嫌われちまうんだろうな。


「…俺は明日が来ないのは困る」

「まあそうでしょーね」


気にすんなよ、と笑ってやれば、頬に触れた唇。


「……先輩」

「…そんな顔をするなクルル…」

「…あんたこそ……困った顔だ」

「お前が泣きそうだからだ」

「泣かねーよ」

「…クルル」


苦笑し、俺をゆっくり抱き締めるギロロ先輩。熱い体だ、全く。
背中に回したい腕、一瞬だけ持ち上げて、ゆっくり降ろした。


「…どうして、明日が来ない方がいいんだ?」

「クッ、だからそれはもういいって」

「教えてくれ、クルル。…知りたいんだ」

「……」

「クルル」


…言っちまったら、どんな顔する?
重苦しい気持ち。気持ち悪がられたら。
怖い。怖い。嫌われたら怖い。嫌だ。

暖かい腕の中にいつまでも居たいのに。


「クルル、明日に何かあるのか?」

「…え?」

「明日は、お前にとって嫌なことでもあるのか?だから明日が来ない方がいいのか?」

「いや、そうじゃねーけど…」

「けど?なんだ」

「……先輩しつこいっスよ…」

「気になるんだ、お前が。知らないままにしておくと後悔する気がして落ち着かん」

「……後悔…?」


ギロロ先輩は一度俺の肩を掴み、ゆっくり顔を見合わせた。

真剣な目に、少しドキリとした。


「クルル、お前のことで俺は後悔したくない。だから教えてくれ」

「…くっく…聞いたら後悔するかもよ」

「お前はいつもそうやって隠したがるな。何を隠そうとしてるんだ。隠さずに言ってくれ」

「………」


少し、ほんの少しだけ、先輩の目に涙がたまる。

ああ、あんたの泣き顔は好きじゃないんだ、やめてくれ。

このまま黙り込めば諦めるだろうか。目を見つめるのはなんだか怖くて反らしてしまった。
それでも諦めようとしない先輩の目にとうとう観念した俺は、小さく溜め息をつく。


「…………こわい、んだよ」

「怖い?」

「…いつかあんたが俺を嫌いになる日が来るかと思うとこわくてたまんねえんだ……そんな日が来るくらいなら、今日を繰り返してあんたがこの部屋に俺を探しに来てくれるのを待つ方がずっといい。…だから、明日なんか来なきゃいいって言ったんスよ」

「………」


怖くて先輩の顔を見れないまま、無言が続く。

それでも肩にある手は俺を掴んだまま離さないのが嬉しくて、そんな自分に小さく舌打ちをした。

ぐっと肩を掴む手が強くなって、かと思えば急に顔を掴まれ唇が塞がれた。


「んん…っ」


荒っぽいキスだ。急なことに混乱して先輩を突っぱねようとするがビクともしない。

後頭部に回る手に逃げられなくなり、無理やり入り込んで来た熱い舌が口内を舐めていく。
息もままならないほどキスは続いた。
舌を吸われてからだもピクリと反応をしてしまう。

ようやく唇が離れた頃にはすっかり息も上がり、心臓もうるさい。

先輩は満足気な顔で俺に笑った。


「安心しろ、嫌いにはならんぞ」

「くっ…分かんねえだろそんなの…」

「おまえを手放す気はない」

「いつか嫌になるかもしれねーよ、そうでなくても他に好きな奴が出来ちまうかも。夏美から俺に変えたこといつか後悔してさ。俺は男だから家族にはなれないし…」

「……おまえは俺に好きでいてほしくないのか?」


不思議そうな顔で言う先輩に、そうじゃねえけど、と返す。

なら、とギロロ先輩が俺の目をまっすぐに見つめた。


「俺に好きでいてほしいか」

「……」

「頷くか返事くらいしろ馬鹿者。好きでいてほしいんだろ」

「ク……」

「何を迷ってるんだ。なにか引っ掛かってるなら言え」

「……」

「今更隠そうとするな、全部言え」

「くっく…強引…」


そういうとこ嫌いじゃねえけど、な。
逃げられない。俺を見る目は優しい目だ。
この際諦めて言ってやる、仕方ない。


「…あんたが俺を捨てづらくなるようなことは言えないって思ったんスよ…それにずっと愛してほしいなんて俺のガラじゃないだろ」

「ずっと愛してほしいなら言え。捨てづらくなるとか、そういう事は考えるな。そもそもお前は俺に嫌われるのが怖いんだろう、だったら遠慮なく何でも言え」

「……………」

「クルル」


この人はどうしてこんなに優しいのかね、さっぱりだ。

嫌われるのが怖い、ずっと好きでいてほしいなんて、重いとか思わねーのかよ。

かなわない、この人には。


「………すき、で、いて」


絞り出した声は震えた。
なんだか泣きそうだ。今まで言えなかった事。


「せんぱい、すてないで……ずっと、となりに…ひとりにすんな…」

「ああ」

「ギロロせんぱい」

「クルル、好きだ。ずっと愛してる」

「ん…」


…真っ直ぐな人。だから好きだ。自分とは違う力強い光。


ゆっくり触れた唇。
優しいキスだ。


ああ、もう、あんたを大好きだって、愛してるって、認めるよ。


だから、俺をずっと愛して。











あんたが好きだ


抱き締めて伝えてもいいかい、先輩




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