□トリックオアトリート
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甘いお菓子は興味ない。
けれどもこういう行事は好きだ。

何度目かのハロウィンを迎え、日向家もそれなりに盛り上がりを見せていた。

こうした行事は興味がなさそうな赤達磨は、変わらず庭で焚き火をしている。
ついでに芋も焼いているようだ。毎日毎日ご苦労様。

壁に隠れてそれを見る俺は、その背を見ながら少しため息。

そんなタイミングでネコの仮装をした日向姉がギロロ先輩にお決まりの台詞と共に似合うかどうかと楽しそうに訊ねていた。
赤い顔はみるみるうちに真っ赤になり、ぶっきらぼうに焼けた芋を差し出す先輩。
それを受け取った日向姉は、先輩に手作りらしいお菓子の包みを渡し日向家へと戻っていった。
日向姉を目で追い、それからお菓子を見てはだらしない顔をして大事そうにしまう。

そんな一連の流れを見てから、ようやく俺は先輩に近付いた。


「トリックオアトリート、ギロロ先輩」

「うぉっ!?な、なんだ、クルルか…なんだその格好は」

「魔女。似合う〜?」


先ほどの日向姉と同じようにその場でくるり。
先輩はほんのり赤くなって、そっぽを向いた。


「…に、似合うんじゃないのか」

「そ。じゃあ先輩、トリックオアトリート」

「……菓子なんて無いぞ」

「じゃあイタズラっスね?」

「菓子が欲しいなら日向家の連中に貰ったらどうだ。ケロロたちもいるし」

「俺はギロロ先輩とハロウィンしたいだけっスよ」


そう言ってみれば、ギロロ先輩は少し困ったような顔をして目を泳がせる。


別に甘いお菓子は興味ないよ。
イタズラもほんとはどうでもいいんだ。


「…クック、じゃあイタズラ。ギロロ先輩、目閉じて」

「何をする気だ」

「イタズラって言ってんじゃん?」

「……おまえな」


諦めたようなギロロ先輩が素直に目を閉じる。
開けていいって言うまでは閉じたまま、と念を押せば小さく頷いた。


持っていたお菓子を、先輩の手に乗せる。
きっと日向姉には敵わないけど、手作りしたクッキー。
先輩の額にキスをすれば、ピクリと肩が震えたのが見えた。


「…クルル?」

「ハッピーハロウィン、ギロロ先輩。…だいすき」


真っ赤になった先輩が、目を開けた。
まだ目を開けていいなんて言ってないのに、と笑えば先輩はうろうろと視線をさ迷わせ、俯いた。


「お、おまえが突然そんな事を言うから…誰かに聞かれたらどうするんだ、ばかもん」

「くっく」


…いいじゃん、日向姉には気付かれてないんだから。

一瞬だけじくりと胸が痛む。
いけない、こんなこと考えたら止まらなくなる。


「クルル」

「あ。俺まだ仕事あったわ。じゃあな先輩」

「え、あ…そうなのか?…そうか、なら仕方無いな」

「ん。じゃあな」


先輩の頬にキス。またも真っ赤になった先輩に笑って背を向けた。

どくどくと胸が鳴る。
痛い。いたい。

ラボに戻ってから振り返った。先輩は追い掛けてこない。
それを確認してから、ラボに施錠をした。照明も消した。寝床となる押入れに入って、深呼吸した。

ぽたり

熱いものが込み上げてきた。


「……ッばぁか…」


思い浮かぶ、先輩と日向姉。

らしくないが俺は遠慮していつもこういうイベントは日向姉とのやり取りを優先させる。仕方無い、自分で決めたことだ。
先輩と恋人という立場になってからずっと、守り通すと決めたこと。
先輩の一番は俺であったらいけない。俺は所詮男だから。いつか終わりが来る関係になるのだから、本気になったらいけない。
日向姉が好きな気持ちが消えていないなら、それを大事にしてほしい。俺のために無理をしないでほしい。

――でもほんとは、一番に見て欲しい。一番最初からいて欲しい。

けれどもそうしたら、あの人は日向姉との思い出を作れなくなる。それはきっとよくないことだ。

大丈夫、ギロロ先輩のしあわせのためなら俺はなんだって我慢する。

今日は少しやり過ぎた。
キスも、だいすきもまずかったな。日向姉を気にさせてしまった。


「ギロロ先輩…」


ほんとはずっとずっと俺を見て欲しい。俺だけを。

けれどそんなの叶わない。
叶わないなら諦めるだけだ。無駄なことはしない。

似合うと言ってほしくて作った衣装。ぶっきらぼうだが似合うと言ってくれた。嬉しかった。それだけで充分しあわせ。


明日からはまた普段通りに。

日向姉がいない時間は俺の時間。
俺が先輩と居てもいい時間。

それでも二人きりになるのは本当に少ないけど、大事な時間だから。


「……だいすき、ギロロ先輩」


また明日。あなたに愛を伝えるよ。













ほんのすこしだけでいい、甘い時間をください




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