□真っ直ぐに
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先輩のとなり。恋人という居場所。

この居場所はむず痒くて、でもあたたかくて、居心地がいい。

先輩の側にいるだけで安心する自分がいる。
触れる度に嬉しくなる。


…けれどこの居場所が、いつか俺じゃない誰かのものになるかもしれない。


ギロロ先輩が見る視線の先に、たまにちらつく赤い髪。
未練があるのか、それとも俺はあの女の代わりとして側に置いてもらえてるのか。

邪魔をしたくなる。あの女を見ないでと、その目を塞いでしまいたくなる。

……そんなことが出来ないほどに、俺は随分臆病で、弱くなった。

先輩があの女を見てるときは、何も言わずにヘッドホンで音楽を流すことにした。
先輩があの女にでれでれしてるときは、大好きな発明や仕事をすることにした。

勝てるはずがない、あの頃からずっと思ってる。
俺を選んだのはどうして。
本当の理由は、俺にとって知りたくない答えなんだろうか。
先輩は俺のどこが好きなんだろうか。














「珍しいな、貴様が此処に居るなんて」


少し曇った日だった。
何となく会いたくなって、日向家のリビングに入って庭を覗いたときに、先輩が俺に気づいてそう言った。

ただ少し俺も鈍かったらしい。

香る焼き芋の匂い、先輩の隣には赤い髪。

気付くのが遅かった、芋の匂いから察しておくべきだった。
邪魔をしてしまったかと思わず後退りする。


「クルルも食べたら?ギロロの焼き芋すっごく美味しいわよ」

「…………」


そりゃあ、美味いだろうな。
お前のために芋を栽培して焼いてるんだから。

てめえが食べて美味しくないわけがない。

俺が食べたらダメなんだ。鈍感女。
それによく見な、先輩は二つしか芋を焼いてない。
一つはあんた、もう一つは先輩。
俺の分なんか最初から無い。

先輩の困ったような焦った顔。
新しい芋を取り出そうとしてる。

………ああ、困らせたくなかったのに。


「要らねェ。腹は空いてねェんだよ。それに今、ダイエット中」

「ダイエットって…ちょっと、やなこと言わないでよ」

「この秋や冬ってのは一番肥える時季だよなァ…クックック…」

「…いっ、いいのよ!あたしはちゃんと運動してるし…」

「あっそォ」


これ以上此処にいても無駄。
先輩の顔を見れたから良しとしよう。

さっさときびすを返して、ラボに戻る道をゆったり歩きながらじくじく痛む胸を誤魔化すように音楽を流す。

愛だの恋だの、軟弱な!と前に先輩に言われた曲が流れた。
よけい苦しくなる。


「…あいたい」


俺だけを見てくれる先輩に。
となりで照れたように笑って、話して、触れてくれる先輩に。

……俺だって、寂しいって思うんだよ…………。


「クルル」

「!」


くいっと腕が背後から捕まれ、先輩の声がした。

振り返れば何やら真剣な顔をする先輩。


「…ク?なに、先輩…」


あいたいと思っていたから、少しばかり動揺している。
夏美は、居ない。


「食え」

「は」

「いいから」


渡されたのは先ほど焼いてた焼き芋。
熱くてうまく持てなくて、というか何故焼き芋を手渡してくるのかが分からず芋と先輩を交互に見る。
先輩は相変わらず真面目な顔だ。意味が分からない。


「ギロロ先輩…」

「ダイエットなんぞ必要ない」

「ク?…ダイエット…?」

「お前はむしろ軽すぎる。細いというか…少しくらい肉をつけろ。芋では肉にならないかもしれないが」

「ク、ヘ?」

「痩せなくていい。いいな?」


……なんじゃそりゃ。

首をかしげながら、取り敢えず受け取った芋を見た。
ギロロ先輩が夏美と食べるはずだった芋。
俺に渡したら先輩の食べる分がない。先輩がせっかく夏美と食べるために焼いた芋なのに。
ああ、俺が会いに行きさえしなければ今頃先輩は夏美と芋を食べていただろうに。


「……すみませんねェ」


溜め息と一緒に出た言葉。
いろいろな意味を含めた謝罪は、先輩に伝わっただろうか。

熱い芋を手に戻ろうと背を向けるが、それを再び赤い腕が行く道を阻み動けなくなる。


「……まだ何か?」

「…俺に何か用があったんじゃないのか?」

「…は?」

「わざわざお前が地上に出てきたのに、何も無いとは思わないが」

「…別に、なにもねーよ。ちょっと気分転換したかっただけで」

「気分転換?…笑わせるな、それなら余計にお前が直ぐに帰る方がおかしい」

「……………あんたに関係ねーだろ」


いいから退けよ、と睨み付けてやるがそれも直ぐに終わった。

冷たい壁に押し付けられたかと思えば、塞がれる唇。
持っていた芋が手から落ちて足元に転がると、キスはどんどん深まっていく。

……まったく、意味がわからない。


「っ、はぁ…や、め…っ」


直ぐに帰るのがおかしい?
そんなの別におかしくない。
俺はあんたの邪魔をしたくなかっただけだ。

あんたに会いに行ったことはおかしい事かもしれない。
ふと寂しくなって、不安になったから。らしくない。

寂しいも不安に思うのも、おかしな話だ。
俺があんたの近くにいる方がおかしいのに、離れてしまうのが怖いなんて思うなんて図々しい。


「…泣くな、クルル」

「く…っ」


気付いたら泣いていた。情けない。かっこわるい。


「…っ」

「……意地の悪いことを言った。すまん」

「ク、ひ…?」

「俺に会いに来てくれたんだろう?夏美が居たからお前はさっさと帰った…違うか?」

「ッ!…ちが…別にそんなんじゃ…」

「…虚勢を張るならせめて目を見て言え」

「…っ」


逃げられない。
戸惑い俯くが、直ぐに顔をあげられキスをされた。
触れるだけのキス。
先輩の顔は困ったように笑っていた。


「……クルル、悪かった。不安にさせたな。すまん…」

「別に……夏美にああなのは今更じゃん……」

「…夏美に恋愛感情は無いぞ?」

「………」

「お前は夏美を気にしすぎだ」

「…………」

「…クルル」


先輩に抱きすくめられ、また涙がこぼれる。
いつからこんなに弱くなっちまったんだろう。
すがるように先輩の背中に腕を回した。


「…クルル」

「……ク…」

「ははっ、お前は可愛いやつだな」

「…な、何がかわいいだよ」

「可愛い。…なんだ、不満か?」


…不満なんかじゃねーけど。
ちょいとだけ複雑というか、そりゃ嬉しいけど、気恥ずかしいし。


「……俺だって男なんで、可愛いって言われてもな…っていうか、可愛いってのが理由であんた俺が好きなのかよ?」

「は?…いや、そういう理由じゃないが…いやまあ可愛いとは思ってるのは事実だがな」

「…可愛いは別にいいっての…」

「…理由が気になるか?」


クルル、と低く囁かれた。
意地悪い笑みを浮かべた先輩が0距離をとる。


「知りたいか?ん?」

「ちっ……あんた段々可愛いげ無くなってきたよな」


軽く唇が触れて、またキスを繰り返す。
触れて離れてを繰り返す軽いキスは少し物足りない。
それは先輩も同じなのか、噛み付くようにキスをされたあとに熱い舌が遠慮なしに滑り込む。

何度しても慣れないざらつく感覚にびくりとして、それでも離れまいと俺からもねだるように舌を出した。

しばらくキスをしたあと、ゆっくり離れて先輩はくつくつと笑う。


「お前は、放っておけん」

「…あ?」

「一人で何か抱えて無茶をする。…何だかんだ言いながら、お前は仲間思いだからな」

「な、なんスか…」

「お前の事を少し知って、それからもっと知りたくなって、気付いたら好きだった」

「っ」

「理由らしい理由ではないかもしれんが…お前だけだ、気になって仕方がない」

「ク……は、ずかしいこと…言ってんな、ばか…」

「……クルル」


好きだ、と囁かれた。体が熱くなる。
再び唇を重ねて、言葉の代わりに想いを乗せた。



















ああ、やっぱりこの人の隣は居心地がいい。





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