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□誓いのキスを
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不器用、無愛想、鈍感。自分の気持ちに真っ直ぐで、嘘が下手、人がよくて、面倒見がいい、根っからの軍人気質。
なんでこの人が隣に、恋人として側にいるのか信じられないくらいに、俺達は性格も好みも正反対。
得意分野も違うし、考え方も違う。
言葉の捉え方さえも。
ちらりと視線を隣に向ければ、ただでさえ厳つい顔付きなのに更に眉間に皺寄せ小難しい顔をしながら、ぎこちないリズムでキーボードを叩く赤い人。
仕事が遅い。別に手伝いなんて必要ないと言うのに。
『仕事が忙しいから、早く構って欲しいなら邪魔するな』
この人は俺の言葉の意味を、どう勘違いしたのか手伝って欲しいと解釈したらしい。俺の隣のデスクを、不在のモアの代わりに陣取っていた。
作業をしながら、時折隣の作業を盗み見て進行具合を確認する。
正直、その親切は俺にとって邪魔でしかなくて、これでは早く終わる気がしないなと溜め息をつきながら、気付かせるためにわざと直接的な言葉を選んで告げた。
「あんた、デスクワーク苦手っしょ?」
「確かに苦手だが……早く済ませたいなら人手は多いに越した事はないだろう?」
「…………」
いやそうだけどそうじゃない。馬鹿か。
ああくそ、頭が痛い。
鈍感、と思わず溜息をつきたくなるのを堪えながら眉間にシワを寄せた。
人の発した言葉を言葉どおりに受け止めて、その裏を読もうともしない。むしろ都合よく親切を押し付けてくる。
きっとこの人に甘いものが食べたいと言えば、何とも思わず甘い何かを差し出すに違いない。
面倒臭い人だ。読みが甘い。
人手として役に立つのは使えることが前提であって、不慣れな人にいられても役立たずだ。適材適所という言葉を知らないのか。
単純さは隊長と同じくらい、いやそれ以上なのに、こうも真っ直ぐ貫いてくるとあしらい辛くて敵わない。
二人きりとなると余計に。
「………頼んでねーよ…」
ついつい、溜息と共に独り言が漏れた。誤魔化す気も起きずに、その言葉を拾ったらしい先輩と目を合わせた。
「そうだな」
「……分かってねーよ、あんた」
「なんだ、邪魔か?」
「言葉にしなくても汲み取ってくれると助かるんスけどね」
「………すまん…」
ばつの悪そうな顔。
そんな顔をされたら此方が悪いみたいじゃねェか。
馬鹿にしたんだから怒鳴ってくれて良かったんだが、それすら気付いてないんだろうか、この人。
「…ああ、もういいっスよ。あとは一人で」
「……すまん」
「……いえ、少しは助かったから。…もう少しで終わる」
「………そうか」
少しだけ先輩の様子に居心地が悪くなって、思ってもない事を口にしてみた。
助かったと言うには少々難しいところだが、このまま横でらしくもなくしょげられる方が迷惑だ。
さっさと終わらせて相手してやるかとカタカタとリズムよくキーボードを叩き、なるべく早く片付ける。
先輩はその間ずっと隣にいて、俺をじっと見つめてくるもんだから気が散って仕方がない。
どれくらいそうしていたかはわからないが、ようやっと終わったデータの最終チェックを済ませて早々に本部に提出した。仕事は完了。
グッと伸びをして体をほぐしていると、ふわりと甘い匂いが鼻孔を掠めた。
「ココアしかなかった」
「…ドーモ」
「なんだその顔」
「いえ、別に」
暖かいココアを受け取って、両手で支えながらゆっくり口に含んだ。
このしつこい甘ったるさが癖になる。
「あんたは飲まねんだ」
「甘いものは好かん」
「慣れない頭使って疲れたろ。甘いものは疲れた脳にいいぜェ」
「………そうか」
嫌味を含めて言ってやる。
この嫌味も気付いてないのかと思うと少しだけやるせなくなった。
目の前の赤が動く。
持っていたココアを取られ、先輩がそれを口にしたかと思えば急に唇を塞がれた。
甘ったるいココアが、口の中に広がる。
濃厚なキスは名残惜しそうに離れ、先輩は口の端に垂れたものを舐める。
「……誰がキスしろっつったよ」
「甘いな」
「…セクハラ」
「抵抗しなかっただろうが」
「…ココア、返せ」
「………」
再びキスをされた。
触れるだけのキスはすぐ離れ、先輩は取り上げていたココアを差し出す。
「……何なんだよ」
「報酬だ」
「そういうのは役に立った奴が言うもんだろ」
「多少は役に立ったんだろうが」
「あんたポジティブ過ぎだろ」
溜め息を吐きながらココアを飲む。
顔が少しだけ熱くなったのはココアのせいだ。
いまだに視線を俺に向けたままの先輩から逃れようと、背を向ける。
「クルル」
「なんスか」
「仕事は片付いたんだろう?」
「……ちょっとくらい休憩させろ」
二人きり、先輩が具体的に何をしたいかなんて知らないが、そういうことがしたいと空気を察する。
こうも真っ直ぐだと俺も素直になりようがない。…いや、なる気はないが。
甘いものは嫌いと言うくせに、こういうことは好きだなんて。
俺はこういう事が苦手なわけだが、多分気付いてないんだろうな。
まったくほんと、なんでこうも逆なのに。
「…ギロロ先輩は、なんで俺が好きなんでしょーかね?」
俺が同じ質問をされたら、おそらく答えられる気がまったくしない質問をふと投げ掛けてみた。
ちらりと振り返り様子を伺えば、きょとんとした先輩と目が合う。
「…ぶっちゃけ夏美の方が好きでしょ先輩」
言葉にしたら、思いの外苦しくなった。
誤魔化すようにココアを飲むと、熱さに舌を火傷する。
気付かれないよう再び背を向けると、先輩が少しだけ動いた気配がした。
「……クルルの方が好きだが」
「……………へえ」
背中に感じる視線。
熱い。暑苦しい。
「理由と言われても、難しいな……ああでも、お前の性格は嫌いじゃないぞ」
「正反対じゃん」
「だから気になるんだ」
「………気に食わないの間違いじゃなくて?」
「まあ、気に食わないな」
「…意味わかんね。なに言ってんだあんた」
ココアを飲む。
この人と二人で話すとどうもいつもの調子がでない。
二人きりになるとこの人を怒らせたりからかったりすることが難しくなったのはいつからだったか。
「…迷惑か?」
背後でいつもより弱々しい声が問い掛けた。
何が、とは聞いてやらない。
言葉を待つと、やはり弱々しい声がした。
「…俺は、お前が好きだ。だがそれがお前にとって迷惑なら、………」
その先を言えないでいる先輩。
ココアを置いて振り返ると、見たことのない顔で俺を見ていた。
泣きそう、なのかもしれない。
俺のせいでこの人が泣く。
この人の感情を俺が左右する。
「……クルル」
「………俺は、あんたが思ってるほど優しくもないし良いもんでもねェよ。それにほら、あんた俺とウマが合うわけでもないっしょ」
恋愛なんて似合わない。
この人は俺といたらせっかくの光がくすんでしまう。
それでも、
「…けどな、どうも不可解なくらい俺はあんたの隣は嫌いじゃない」
「……!」
「………あんたが俺を選ぶ理由はイマイチ分からねェが…」
「クルル」
頬に暖かい手が触れた。嬉しそうな顔をされて、どきりとする。
愛おしげに名前を再び呼ばれて、胸が苦しくなる感覚に襲われた。
体温の高いからだにゆっくりと抱き締められる。
「…好きだ」
優しく空気を震わせた音は、じわりと胸を熱くさせる。
一瞬呼吸を忘れたみたいに息が止まり、ゆっくりと吐き出す。
真っ直ぐな人だ。厄介にもほどがある。逃げ出したいのに逃げれない。
素直に好意を向けられても困るんだ。
俺はそれの対処法を知らないから。
「……」
好き、と言えないで空気だけ吐き出す。
かわりに、ぎゅっと抱き締めてみた。
好きなんて可愛いげのある言葉は出ないくせに、可愛くないことは口に出来る。
「…あんたのその、一時の気の迷いが晴れるまでは隣に居てやってもいいっスよ」
「そうか。ならそれまではずっと側に居るんだな」
「あんたが本妻見付けれるまでは仕方無くな」
「お前でも良いじゃないか」
「俺は結婚出来ませんぜ旦那。…あんたもいい歳なんだし、ガキ相手にいつまでも本気になってちゃまずいだろ」
「俺のことは心配しなくていいぞ。それよりも一生離さないとしたらお前は俺の側に一生居るんだな?」
「…人は3ヶ月に一回相手に恋をしないと破局するらしいっスよ先輩」
「!」
「ちゃんと3ヶ月に一回くらい、あんたを夢中にさせてみな?そしたら嫌々隣に居なくて済むからな」
「…言ったな。後悔するなよ」
「クックックック…そっちこそ」
取り引き成立、というやつだろうか。
抱き締められたからだから少しだけ熱が離れたかと思えば、赤い人は照れたように笑いながら、俺にキスをした。
誓いのキスを愛しい君に
正反対で、対照的
嫌いじゃない、好きかもしれない