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□数秒間
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ギロロ先輩がもし、俺を好きだったらどんな感じだろうか。優しく笑って名前を呼んで、暖かい手で触れてくれるのだろうか。
俺が必死に目で追いかけても、隣に居ても、地球人の女ソルジャーばかりを見て俺に気付かないような先輩がもし、俺を好きだったら。
惚れ薬を作ったのは、魔が差したとでも言うべきだろう。
――カレーに混ぜた薬。疑うこともなく俺の差し出したカレーを無言で食べる先輩を、ただじっと見ていた。
以前のような失敗はしない。無機物に惚れたりはしないし、今回は同じ生き物であれば好き嫌い関係なく惚れるような薬にした。
盲目的な効果ではなく、あくまで自然と、最初に見た人間に恋心を抱く薬。
食べ進み、完食してようやく薬が効いてきたらしい。俺を見てほんの少しだけ顔を赤くした先輩に、こっそりと笑った。俺に初めて見せる反応。上出来だ。
「……クルル?」
「ん〜?カレーのおかわり?」
「あ…いや……そうだな、もらおう」
「はいよ」
とぼけたフリも何のその。カレーを再び皿に入れて手渡した。
食べながらちらちらと、俺を見てはどこか落ち着かない先輩。いい反応だ。薬の効果は24時間。切れてしまう前に楽しませてもらおうか。
「…ギロロ先輩、おいしい?」
「えっ、あ、ああ…まあ、そうだな、少し甘いんじゃないか…」
「クック、甘いっスか。愛情入れすぎたかねェ?」
「んぐっげほっ、あっ、愛情…っ!?」
「ん?いつも入れてますよォ愛情」
「そっ、そう、か…」
少しまた赤くなった。面白い。カレーを掻き込むように食べ終えた先輩の皿を手に、一度背中を向ける。ラボに戻ると声をかけて、そのまま直ぐに移動した。
――ここからが俺にとっての本番。
モニターを先輩に合わせて準備完了。普段なら銃の手入れをする時間だ。しかし先輩は一人百面相をしている。大混乱している様子だ。
夏美が居るのに、とだけ口の動きで読めた。どうやら夏美と俺とでぐらついているらしい。愉快な光景だ。……薬の効果をもってしても、夏美への気持ちは薄れないらしいことは少し気掛かりだが。
薬の効果で俺を好きになる。だがその感情に理由はない。理由が無いから、もとから好意を寄せる相手には敵わないのかもしれない。なるほど、これは盲点だった。
……薬を使ったところで、俺に勝ち目はないらしい。
データをまとめてから、取り敢えずこの薬の効果があるうちにいい思いをさせてもらおうと立ち上がる。
再びテントに向かうと、先輩は面白いくらい過剰に驚いてくれた。
「なっ、なんだ急にっ!?」
「ん〜?ギロロ先輩に会いたくて」
「ぎっ、えっ!?」
「ククッ…なにそんな驚いてんだよ」
「いやっ、あのな…」
真っ赤になって、面白い反応。
戸惑いながら視線がうろうろと落ち着かない先輩を見ながら、そっと近寄る。近寄っただけ、先輩が後退りした。
「…ん〜?ギロロ先輩何で逃げんの」
「うっ、ちっ、近寄るなっ」
「なんで?」
「な、なんでって……まっ、まさか貴様の仕業かっ!?」
「何が?」
「何って、こ、こんな、俺が…っ」
「俺が、何?」
気付いた?ああ、まあそれはそれで構わない。しらばっくれればいい話だ。
先輩を見ながらまた一歩。縮まらない距離。
――これじゃ、優しく手を伸ばしてもらうなんて…。
「………っ俺が貴様をすっ、好きになるはずなどない!!」
「!」
ズキン。
「………あ…?」
ズキン。ズキン。
痛い。胸が。なんだ、なんだよ。
本当のこと言われただけなのに。
――違う、本当のこと言われたから、痛いのか。
「…そ、っスね……俺を好きに…なんて……」
なるわけない。そうだ。薬の効果をもってしても、夏美に勝てない。何を夢見ていたんだ。何を期待したんだ。
俺ばかり、あんたが好きで……なんで俺は、あんたが好きなんだ。
「…………クルル?」
「…どうして…俺…」
あんたを嫌いになれないんだ。苦しいだけなのに。辛いだけなのに。
「な、なっ、おい、クルルっ」
「…………っ」
「く、クルル…」
ぼたぼたと涙が零れていく。先輩が驚いて、困った顔をした。
一歩後退り、背中を見せる。
「…そう、スよ…俺の仕業だ。惚れ薬だ。良かったっスね、薬のせいなんだってわかって。あんたが俺を好きになるわけないもんな」
震えた。早口に言ったけど、掠れたりしてうまくでない発音があった。ああ、カッコ悪い。
「………ワリィ…きもちわるいよな…」
「クルル」
「今日の記憶は消しとくから、……だから」
――好きって、言って。
「………クルル?」
「……俺、あんたが好きなんだ。頭おかしいだろ、男なのに。先輩が俺に優しくしてくれたり話し掛けてくれたりするだけで嬉しくて、先輩が構ってくれるのが、楽しくて」
「………!」
「…でも、あんた夏美が好きだし、俺もそれわかって、本当は嫌だけど応援して…けど、やっぱりあんたに好きって言ってほしくて、一回でいいから俺もその先輩の気持ち向けてほしくて……だから、こういう事しか浮かばなくて」
「……クルル…」
「……ちゃんと記憶消すから……一回でいいから…好きって言ってくれよ…」
好きになるわけ無いことはわかってるから。今日だけ…いや数分間でもいいから。
「…、クルル。こっちを向け」
「…………」
先輩の声に、ゆっくり振り返る。真っ赤な顔でしかめっ面。薬の効果で多分気持ち悪がったりはしてないんだろうけど、その顔は胸が痛い。
「……好きって…やっぱり言えないよな…」
「……」
「もういい。わかってる。さっさと解毒薬作るから…」
「好きだ」
「…っ!」
「好きだ、クルル」
「………先輩…」
……バカなやつ。夏美にも言えない、言ってない大事な言葉なのに。
「……ククッ…ありがとな…」
嬉しい。哀しい。嘘の、作り物の感情でも、好きだと言ってくれただけで…嬉しい。
「俺も、ギロロ先輩が…だいすき」
ヘッドフォンに手を伸ばす。カチリと音がし、記憶消去の電波を飛ばした。
数秒間のしあわせ
優しい嘘で、俺を殺して