□バレンタインに
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飾りつけをした箱。中身は何てことないチョコレート。

悪戯のように毎年毎年送るこの行為は、いつしか実を結ぶのだろうか。

渡し方を考えながらテントに向かう足取りは、今年もあまり速くはない。
カレールーの方が喜ばれるかもしれないなと今更になって後悔もするし、俺からのチョコレートをあの人は待ってるわけでもなく迷惑にしかならないことも分かってる。

けれど毎年渡すのは、ただの負けず嫌いに火がついたから。

恋敵がくれるチョコを義理でも嬉しいと受け取る、それが悔しい。


庭に出れば、既にそわそわとした先輩が日向家をチラチラと見ているのに気付く。
今日は学校も休みらしい、恋敵はおそらく配り歩く予定のチョコを手に少し慌ただしく動き回っていた。

ガラリと開いた窓。先輩がバッと顔をあげる。


「ギロロ、はい。バレンタインの義理チョコ」

「なっ、なつ、夏美…っ」

「あとはえーっと…タママのは机に…」


ぶつぶつ言いながらカラカラと窓が閉まる。

ギロロ先輩は何か言いたかったのか、言いそびれたようだったがややあって手中にあるチョコを見て顔を赤らめながら上機嫌になっていた。

……あの嬉しそうな顔を壊すのは、些か抵抗もある。

今は止めるかと背を向けたときに、いつの間にか足元にいたらしいネコが「にゃあ」と鳴いた。


「ネコ…ん?クルル、何をしてるんだ」

「………まいったねェ……」


ネコを見れば、早く渡せと言わんばかりに。
余計なお世話だと舌打ちすると、ネコはまず自分が用意していたらしい木の実を先輩に渡しに行った。

ネコの頭を撫でながら、嬉しそうな先輩。

それからネコがちらりと此方を見て、再び鳴いた。


「……まさかとは思うが…また今年も…」

「…ククッ。ご名答…そうっすよ、今年はチョコレート。カレールーのが良かった?」

「…………毎年の事ながら、飽きんな貴様も…」

「クック…」


飽きるわけない。
毎年嫌いになれないから。

先輩に手渡せば、小さく溜め息をつかれる。

……その溜め息けっこー傷付くんだぜ、とは、言わない。


「…じゃ、それだけなんで」


あまり長居はするもんじゃない。

渡せたからよしとすりゃいい。
こんな渡し方をしたかった訳じゃなかったが、仕方無い…。


「クルル」

「くっ?」


背にかかる声。
振り返ると、先輩が少し言いにくそうにもごもごしている。

何かあったのか。


「…なんスか」

「…あ…いや、あの…な、………毎年、…美味いぞ。チョコより、まあ、カレールーの方が確かに有り難いが、チョコも、悪くない」

「……え」

「そっ、それだけだ!」


なんだそれ。なんだよ、先輩。

嬉しいじゃねェか、そんなこと言われたら。
毎年、俺からのバレンタイン…少なからず、喜んでもらってたってことだろ?
美味しいって…思ってくれてたのかよ。


「……カレールーは、ねーけど……カレーならあるぜ…」

「……そうか」

「…ん…」

「…なら…食ってやらんこともないが」

「…食わせてやってもいいっすよ」


へんなの。なんか、どきどきする。


足元にいたネコがまた、にゃあと嬉しそうに鳴いた。
















あんたと食べるカレーは、なんだかいつもより甘かった



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