□七夕の願い事
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 笹の葉が揺れる。今日は七夕だとはしゃぐ日向家を眺めながら、クルルは庭に置かれた大きな笹に飾るという短冊に書く内容を考える。

 赤いあの人は地球侵略達成とでかく書いて提出したあと、日課となるパトロールへと出掛けてしまった。同じくして地球侵略と書いてもよかったが、赤いあの人が嬉々として調子に乗りそうな気がしたのでやめた。
 最近、特に隊長に「仲良いじゃん」とニコニコと言われてしまったのが気に食わない。確かに言われてもおかしくないほどあの人とは一緒にいるし、距離感だって近い。行動を共にするそれは侵略の為であるわけで、仲が良いと言われるのはクルルにとっては不愉快だった。
 その時一緒に言われた彼も顔をしかめていたからおそらく同じくして不愉快に思ったことだろう。…仲の良さ云々に、二人して否定はしなかったが。

 ということで、短冊に同じことを書くことは何となく憚れてしまう。
 カレーを食べたい、と書くのは何だか己のキャラを守るみたいで短絡的過ぎる。つまらない。
 何か面白い事はないだろうか、とクルルはぐるりと考えた。


「あ」


 目についた雑誌は、日向家長女のものだろうか。
 それに書かれた一文を視界に入れて、クルルはペンを滑らせた。

 これはいろいろな方面から、反応が貰えそうだとクルルは笑った。
 お願い事、とは言えないそれは、ある意味挑発的なものでもある。もちろんそれは、あちらこちらの反応を見たいがためのイタズラな内容であるため本心でもなければ誰かに当てたものでもないが。
 書き終えた短冊を揺らしながら、風に吹かれる笹にそれを吊るした。



 夕暮れが近くなり、ギロロがパトロールを終えて帰って来た。
 昼間に見たそれよりも飾りが多くなっていて、自然と目をやってしまう。
 その中で目についた短冊に、思わず目を丸くした。

 書いた本人は、日向家で呑気にスイカを食べている。思わず短冊と彼を見て、それからソワソワとした。
 庭に立ったままのギロロに気付いたらしい長女が声を掛け、それからクルルが彼に振り向く。

 それだけで全身が針に刺されたみたいに痛く、熱くなった。


「ギロロ?」

「あ、ああ」


 ぎこちなく日向家に入る。彼の隣にいたケロロが、然り気無く座る場所を開けた。そういう気遣いが恥ずかしい。


「ギロロ、真っ赤よ。外暑かったから、熱中症とかになったんじゃない?大丈夫?」

「あ、ああ、いや、大丈夫だ。…水をもらえるか」

「ちょっと待ってね、今麦茶出すから。スイカ食べるでしょ?」

「ああ、すまん」


 隣に居るケロロが何がおかしいのか笑いそうな顔。睨み付ければスイカに向かって知らん顔。
 クルルは、相変わらずゆっくりスイカに口をつけていた。
 微妙な距離感に、なんだか頭がくらくらする。

 ギロロ伍長は、日向夏美が好きだった。だった、というのは、それがもう過去形だから。今ではその感情を、何がどう間違えたのか、トラブルメーカーであるクルル曹長に向けている。
 それを知るのはケロロだけで、たまに面白半分で茶々をいれるのがお決まりだ。この間、ケロロに仲が良いなと言われた時には肝が冷えた。
 クルルの反応の怖さと、感情に気付かれたらとの恐怖だ。

 あいにくとクルルはその発言に顔をしかめるだけでなにも言わず、ギロロもなにも言えずただケロロの言葉を流し事なきを得た。

 そんなケロロが、またしても爆弾を投下する。


「て言うか、クルルのあれなに?」

「ク?」

「短冊。"告白を待つ"っての」


 どきりと跳ねた心臓。ギロロの額から、ぷつりと汗が吹き出る。

 クルルは何でもなさげにスイカを口に入れて、ゆっくりと飲み下した。


「なんだと思う?」

「誰かからの愛の告白?」

「クク、それもありか」

「そうじゃないでありますか?」

「懺悔も告白だろォ隊長」

「……え、なに、何か握ってる…?」

「さあな…ククッ」


 二人の会話を間で聞きながら、クルルの短冊に目をやった。

 【告白を待つ】と書かれたそれ。クルルの言葉から察するに、あまり他意はなかったのだと知る。ギロロは少しだけ落胆した。クルルに気持ちを知られていて、その言葉の催促を遠回しにされたのだと思ったから。

 そんなギロロの様子に気付いていたのか否か、クルルはククッと笑った。爆弾付きで。


「でも、さっき好きって言われた」

「だっ、誰にだ!?」


 ギロロは思わず叫ぶ。クルルは一瞬驚いて、それからまた笑った。


「そりゃ秘密。内緒って約束だし、そもそもこれはプライバシーの問題だろ?詳しくは教えらんねえなァ」

「そ、れは、そうだが…」

「えっ、じゃあクルル、その人と付き合うでありますか?」

「それも秘密」

「ええーっ!?」


 三人の会話に、日向家長女も、長男も、その他のメンバーも驚きを隠せない。その様子にクルルはまた可笑しそうに笑った。
 ウソなんじゃないの、と長女に言われたが、クルルは「疑いたいならご勝手に」と笑うだけ。

 ちらりとギロロを見れば、固まったまま顔を青くしていた。さすがのクルルも、その様子には笑えない。


「…先輩?」

「えっ、あ……ああ」

「んな驚くことかよ?…ああ大丈夫、侵略に支障はねぇから安心しな」

「…そ、そうか、ならいい…いや、よくは、ないが、いや、まあ…そうか、そうだな…」


 乾いた笑みを貼り付け、ギロロは用意されたスイカを食べた。味がわからない。麦茶を飲んだが、なんだか潤わない。

 グラグラと頭が回る。心臓が痛い。


「―――ギロロ!?」


 ぐらりと、世界が反転した。
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